山頭火と定型 ― 2006/12/20 00:24
8時半頃帰ってきて、チビや~と声を掛けるが、少しばかり愛想を振りまいてすぐにマイペースに戻る。まあ、それでも前よりは飼い犬らしくはなってきた。
火曜は一日会議で疲れるのだ。遅めの夕食をすましてテレビを見ていたら聞き覚えの声がする。なんだ福島泰樹の声ではないか。教育テレビで山頭火の特集をやっていて、そのナレーションを福島泰樹がやっているのだ。福島泰樹とは日曜に会ったばかりだ。それでつい山頭火の特集を見てしまった。
山頭火が放浪していた昭和初期の頃は、まだ旅をしてあるく職業の人たちが大勢いた。商人、芸能者、宗教者、木地師などなど。山頭火は彼等と木賃宿で一緒になり、手紙の代筆などをしては酒代を稼いでいた。そして酒で失敗しては逃げるように旅に出る。
よく知られた話ではあるが、その短い言葉の自由律俳句には、以上のような山頭火という物語が貼り付いている。その短い呪文のような言葉から、山頭火の物語がまた増幅され、いくつも生み出される。和歌も同じかもしれない。その短い定型は必然的に和歌の外部にある物語に収斂されることを誘い、そして、物語を増幅させながら和歌もまた変容していく。
このテレビ番組のように、和歌を手がかりにしながら、和歌の物語を人々は繰り返し語ってきたに違いない。定型とはある意味で寄生する言葉の芸術なのかもしれない、などと山頭火特集を見ながら思ったのだった。
冬野とぼとぼ山頭火通り過ぎ
冬至元気なく熱き湯に入ろう
火曜は一日会議で疲れるのだ。遅めの夕食をすましてテレビを見ていたら聞き覚えの声がする。なんだ福島泰樹の声ではないか。教育テレビで山頭火の特集をやっていて、そのナレーションを福島泰樹がやっているのだ。福島泰樹とは日曜に会ったばかりだ。それでつい山頭火の特集を見てしまった。
山頭火が放浪していた昭和初期の頃は、まだ旅をしてあるく職業の人たちが大勢いた。商人、芸能者、宗教者、木地師などなど。山頭火は彼等と木賃宿で一緒になり、手紙の代筆などをしては酒代を稼いでいた。そして酒で失敗しては逃げるように旅に出る。
よく知られた話ではあるが、その短い言葉の自由律俳句には、以上のような山頭火という物語が貼り付いている。その短い呪文のような言葉から、山頭火の物語がまた増幅され、いくつも生み出される。和歌も同じかもしれない。その短い定型は必然的に和歌の外部にある物語に収斂されることを誘い、そして、物語を増幅させながら和歌もまた変容していく。
このテレビ番組のように、和歌を手がかりにしながら、和歌の物語を人々は繰り返し語ってきたに違いない。定型とはある意味で寄生する言葉の芸術なのかもしれない、などと山頭火特集を見ながら思ったのだった。
冬野とぼとぼ山頭火通り過ぎ
冬至元気なく熱き湯に入ろう
最近のコメント