行って帰る2011/03/22 23:37

 論文を書き始めたがあまり進まず。それで大塚英志の『ストーリーメーカー』(アスキー新書)を読む。ほぼ読了。さらに続編の『物語の命題』(アスキー新書)を半分ほど読む。これらは、大塚英志が大学の授業で、物語というのは構造そのものだから、幾つかの定型的なプロット通りに展開していけば、とりあえず誰にでも物語は作れる、ということで、実際に学生に型を示して物語を作らせるという、そういう内容の本である。

 物語の定型的プロットは、ウラジミール・プロップの「昔話の形態学」をアレンジしたもの。31のプロットがあり、そのプロットに指示されたコメント通りに、学生が物語の筋を作っていけば、一つの作品が生まれる。付録として、31のプロットが空欄の囲みでとともに提示されていて、そこに書き込めばいいようになっている。

 『物語の命題』は、構造やプロットの型を示しても実際は物語は作れない。そこで、テーマをどう作るかという内容で、これも神話以来の物語の構造から幾つかの普遍的なテーマを用意して、そのテーマに沿って自分の物語を展開すれば良いというアドバイスの本になっている。つまり、物語創作というのは、物語理論やモデルに沿って作ってみようという実験を実践しようという本である。いかにも大塚英志的で面白いが、実は、面白いのは、そういう試みよりも、それなりに日本のアニメや文学批評になっているところである。

 物語創作の試みは、私も授業に使えそうである。まあ、それで読んでいるのだが。大塚英志は物語の最もシンプルな構造は「行って帰る」物語だと言う。例えば、日常の世界の主人公が異界に行って帰ってくる、というのが基本パターンだということだ。主人公が、異人であればその逆になる。例えば、かぐや姫は、異界の女がこの世にやってきて帰る、という構造である。

 何故、行くのか。ここはプロップの昔話の機能の分類に従う。欠落を埋めるためである。主人公には必ず何かが欠けている。それを埋めるために旅(冒険)に出なくてはならない。その行き先は、向こう側の世界であり、そこには敵対者がいる。呪物や援助者によってその困難を克服して帰還する。が、その帰還にも試練がある。偽者が主人公になりすまし、成果を奪おうとする。が、その偽物を倒して主人公は帰還できる。というのがこのプロットのだいたいの展開である。

 私は、授業で、物語とは「この世と異界とが重なりあう異常な事態が正常な状態へと回復していくプロセス」なのだと語っている。これもまた「行って帰ってくる」ことである。わかりやすい例で言えば「千と千尋の神隠し」がそうだ。恋愛だったある意味ではそうだ。恋愛している時は男女は正常では無い。つまり「行く」ことである。が、人間はどこかで正常な状態、つまり、日常の秩序に生きること、に立ち戻らなければならない。結婚か、失恋か、それが帰ること。恋愛物語は「行って帰る」物語である。

 さて、プロットはわかるがどういうストーリーを作ればいいのか誰でも悩む。私の定義で言えば、日常と非日常がふと交じり合ってしまう状況を作ること、ということになる。大塚英志は、例えばその代表的プロットが「転校生」だという。萩尾望都の「トーマの心臓」も「時をかける少女」も「エヴアンゲリオン」も転校生がやってくるところから始まる。これだけではない。転校生は、日本の、マンガやアニメの象徴的な定番とも言える始まり方であるが、これは、内と外の世界が交じり合うことのきっかけであって、まさに「行って帰る」物語の始まりにふさわしいのである。

 構造的に理解したからと言っても良い物語が作れるわけではない。ただ、こういう定型は、私たちの無意識を制御しながらつかむ一つの方法でもあろう。シャーマンのように、憑依してことばを紡ぎ出すようにはいかないとしても、そのことばの世界を形には出来る。中上健次は晩年、このようなプロットを意識して劇画の原作を書いていて、そのストーリーを大塚英志が紹介している。考えて見れば、語り手というのは、このプロットを身体に刻み込んでしまった人であって、自在に、物語、つまり、構造化された無意識のそのものを披露できる者のことであろう。中上はそんな存在になりたかったのかも知れない。  

     無常三月物語るまえに潰えぬ

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