遠野から帰る2009/09/12 00:09

7日に遠野に行く。昼間学校で会議だったが、結局人が集まらず、簡単な打ち合わせに。これなら来るんじゃなかった。朝から遠野に行けば、午後の遠野散策には間に合ったのに。というわけで、昼の新幹線に乗り夕方遠野着。

 心理学を専門とする人達との遠野物語を読む研究会で、年に何回か開いているのだが、今回、遠野でやろうということになった。8日は午前中は遠野散策。いつも学生たちの行くコースだったが、民俗学者のA氏の案内と解説で、いろいろと教わった。まだ勉強が足りないと反省。河童淵も相変わらずである。観光用にオシラ様をたくさん飾ってあるお堂は、臨床心理士には不評だったようだ。彼等は霊的な雰囲気に敏感で、何か感じてしまうらしい。しきりにここはきついきついと言っていた。午後、山の中の五百羅漢に行ったが、ここは、何も感じないらしくいいところだと誉める。変な人達である。

 午後は、研究会で、臨床心理士の人達の遠野物語の解読を聞く。話はなかなか難しい。ただ、カウンセラーとして経験した事例等を例に出して語るところはとても面白い。考えてみれば、遠野物語の一つ一つの話は、クライエントの事例そのものであろう。彼等はいつも遠野物語のような不思議な話を聞き、それを分析することを仕事にしているのだ。

 9日の午前中は私の発表。私は、「雪女」の話である。「ハーメルンの笛吹き男」と比較したり、異人との遭遇というのは、憑依のような体験に近づくというような話をする。ついでに、臨床心理士とクライエントの関係というのは、山中で異人と遭遇する里人との関係に似ているのではないかと締めくくった。というのは、出会いは、互いに警戒し緊張する。そして、両者が一つの空間を共有して話し始める。その後、その遭遇体験の分析がある。分析とは、異人に出会って話をしたがあれは狐に化かされた、というよう落ちのことでもある。分析する前の、互いが場を共有出来ている瞬間、そういう瞬間を豊に持てることが大事なのではないか。というようなことを話して締めくくったが、けっこう頷いてくれた。

 昼に終わり、M氏と一緒にM氏の車で帰る。三菱のアウトランダーで、なかなか乗り心地は良かった。昼に遠野をでて、自宅についたのは午後7時半頃。さすがに車で帰ると時間がかかる。自宅近くまで送ってくれたので助かった。何でも来年の初めには、近所に越してくるとのこと。

 10日、11日(今日)と出校。第三者評価の準備などをする。今日は、K氏と一緒に学校近くの大修館書店に行き、出版の企画などを相談。アジア民族文化学会で行った「アジアの歌の音数律」のシンポジウムを単行本にするという企画である。出すなら研究書でなく一般向けという注文がついた。これがなかなか難しい。タイトルをどうするかいろいろ考えた。たぶん「七五調のアジア」になるだろう。私は編者になるが、けっこう難解な各自の論文をどう平易に書き直してもらうか、一番の難問である。

 短歌時評の締め切りが10日であるが、今日何とか書き上げる。原稿用紙8枚程度の短い文章だが、1冊の歌集を読んで、論じるべきテーマを見つけて、短いながら一つの文章に仕立てていくのは、さすがに簡単ではない。こういう事を十数年やりつづけているが、書けないというこはまずない。それなりに物書きになってきたということか。

    夜長原稿を書きだして眠れず

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