プレゼンの失敗2009/10/03 22:34

 今日は、AO入試の面談と補講の授業。24日に第三者評価の実地調査で私の授業を休講にしたものだから、今日その補講をやることになった。もともと受講人数の少ない授業なのだが、さすがに今日はかなり少なかった。最近はどこの大学でも半期15回の授業を必ずやるようになってきていて、従って休講にすれば、その分、かならず 補講をしなければならない。昔のように休講ラッキーと学生もよろこばないし、今日はちょっとだるいから休講にしちゃおう、なんてことも難しくなった。昔(非常勤の頃)はけっこう休講にしてました。

 後期が始まって一週間たち、またいつもの疲れが始まって、しんどい毎日である。万葉のシンポジウムが終わり、「アジアの歌の音数律」の出版趣意書を書くために、「アジア民族文化研究」のそれぞれの発表者の論文を読み、要約する作業に入った。けっこう時間がかかった。かつて予備校で現代文や小論文教えていたとき、私は要約をやらせたら日本で5本の指に入ると浪人生の前で豪語していたが(ほんとにただの法螺です)、まあ自信がないわけではない。だが、さすがに、難解な論があって、5回は読んだろうか。何とか理解出来た。ここまで読み込むと、書いた本人よりもたぶん理解出来ているはずである。一週間で何とかやり終え趣意書も送れる手筈になった。

 全体をまとめてみて、これはひょっとすると画期的な論集になるのではないかと思うようになった。日本の短歌、漢詩、南島歌謡、アイヌの神謡、ホジェン族の歌謡、中国西南各少数民族の歌、台湾アミ族の歌謡、それらを音数律という視点から全部眺めてみるという試みは初めてのはずである。むろん、ただ比較するのではなく、音数律そのものが確認できないケースもあったり、あるいは、無いという場合もあって、歌や詩にとって音数律とは何かという問題を論じることにもなっている。音数律を通して、声の歌謡の多様性と、文字化される歌、あるいは詩の成立の問題が見えてくる気がした。企画編集者としてうまくいくことを願っている。

 『柳田国男・主題としての日本』柳田国男研究6、柳田国男研究会編・梟社刊、が刊行された。私が今年の五月に書いた論文が載っている。こんな風に一冊の本にはいるとなかなか見栄えのする論になるから不思議である。それなりに苦労して書いた論だから、満足感はある。『先祖の話』を読む、といったタイトルだが、数年前に書いた『明治大正史世相篇』を読むの論と続けて、柳田の書いたものを「読む」作業を続けているのだが、この作業、継続でやっていこうと考えている。

 今日のニュースは、東京オリンピック落選の話題で持ちきりだったが、当然だろう。盛り上がりの欠ける招致活動だということはみなわかっていたのに、そのことを一応落ちるまではメディアは一言も言わなかった。盛り上がりに欠けた理由は、結局オリンピックをやる根拠がいい加減だったと言うことに尽きる。当初オリンピック誘致を思いついた石原都知事の言ったことは東京の経済活性化だった。ところが、さすがにそれでは理由にならないので、環境問題を持ち出してきた。国民はその経緯が分かっていたから、のらなかったのだ。

 確かにオリンピックの経済効果は大きいだろう。でも、その発想は、公共工事で景気を良くする、というのとそれほど違わない。そんな日本の経済のためにオリンピックを利用されたくないというのが、各委員が東京に票を入れなかった理由だろう。シカゴもまた同じだとみなされたのだ。 

 プレゼンテーションでの15歳の帰国子女の英語のスピーチは立派だった。私の学科で英語スピーチコンテストをやっているが、たぶん優勝だろう。でも、全体的に固かった。あまりに立派すぎて聞いている者が引いてしまうくらい立派だった。余裕がないのだ。これは15歳の帰国子女のせいではなく、もう環境問題で訴えていくしかないという切羽詰まった日本のやり方の問題である。

 私が今年「基礎ゼミナール」のテキストを作ったとき、プレゼンテーションの方法についても書いた。そこで、熱意の感じられないプレゼンテーションは失敗である、と書いた。日本のプレゼンは確かに熱意はあったが、やや的外れもしくは空回りの熱意であった。原因は、プレゼンの内容に誰も自信を持っていないからである。環境問題は、私たちの国で初めてのオリンピックを開きたい、といったわかりやすいものではない。ほんとに環境のことを考えるなら、オリンピックなどやらない方がいい。そのような極めて当然のことにたぶん気付きながら、そのことと反対のことを熱意をこめてプレゼンしなければならない。プレゼンが失敗して当然である。

                          秋高し祭りの準備に声荒げ

ベーシックインカム2009/10/05 01:05

 S夫婦の三人目の子供が8月に生まれた。その赤ちゃんにご対面ということで坂戸まで出かける。上の二人は女の子。三人目は男の子。少子化のこの時代、三人は子だくさんであり、日本にとってはありがたい家族だろう。

 子供を三人連れて散歩していると、通りがかりの老人から子供手当をたくさんもらえていいですね、と声を掛けられたという。祝福というよう言葉ではなかったという。確かに今子供手当が話題になっているから、子供が多いと思わずいくらになるか勘定してしまう。そういう風潮が確かにある。

 その分扶養控除がなくなるので憤慨している国民もいる。でも、考えてみれば、扶養控除などという発想は、妻は夫に扶養されるべきもの、という考え方に基づいたものである。共稼ぎには限界があり、子育てする側はパートで働かざるを得ない。だから控除が必要となるが、被扶養者としての優遇を受けているのだから、ある限度を越えて働いたら優遇しないよ、というのが控除に限度額を設ける発想である。

 配偶者控除とは、このように妻は家庭を大事にするべきで必要以上に働かなくていいという考え方にたっている。こう考えたらこの制度はやはりおかしいだろう。子育てが大変なら、そのことに手当を出すか、もしくは、その家族に減税をすべきで、妻という配偶者は働くべきでないからという発想で控除をするのは、ある意味で差別であると言ってもいい。

 だから、子供手当を出して、扶養控除を無くす民主党の政策は、それなりに理にかなったものである。本当は手当を出さなくても、一人の稼ぎで、無理なく子育てが出来てきちんとして教育を子供に受けさせられる社会であれば、手当は必要ないのだが、そういう社会ではないから、公的に子育てを支えざるを得ないのである。

 BIという考え方があるそうだ。ベーシックインカムというもので、国家は国民一人一人に生存が可能な最低限のお金を給付するといいう政策のことである。試算では一人月額8万円だそうで、これを実現するためには、所得税を46パーセントにする必要があるという。ただ、所得税は高いと言っても、生活の不安が無くなるので、社会保険は必要なくなる。その意味では負担分はもっと軽くなると言われている。究極のばらまきであり、ある意味では社会主義的な政策のように見える。

 この政策の面白いところは、生存に必要な平等は保証する、というもので、経済格差そのものを否定しないということである。これからの福祉社会の行く末を暗示するものだろう。子供手当もある意味でこのベーシックインカムに近い発想である。

 人間の基本的生存権を経済的に保証した上での資本主義、というように資本主義を選択する国家は資本主義に対さざるを得ないだろう。中国は、今、資本主義を選択しながら理念として社会主義をことさら強調している。この矛盾は、ある意味で当然なのであり、社会主義でない国家も、同じような矛盾を別な形で強調している。例えば日本の民主党がそうである。これは必然なのであって、決して悪い方向に進んでいるわけではない。  

                       天高く誰もが愉快であればいい

今年もまた古本バザー2009/10/07 00:02

 ここんところ中国の民話や神話を読んでいる。実は、勤め先の研究所のプロジェクトで穀物と伝承といった分野の担当を引き受け、その報告論文を今月に書かなきゃならないからだ。調査した伝承資料や、中国の少数民族、特に照葉樹林帯地域の神話などを集めて、そこから、照葉樹林の食文化らしき痕跡をさがそうという試みである。

 読み始めると、けっこう見つかるから面白い。去年のワ族の神話調査でも貴重な稲の起源譚を蒐集できたが、日本で出版されている少数民族の神話や民話の話もなかなかである。気付いたのは難題婿型の話に焼き畑の話が多いことだ。難題婿の話は日本でもお馴染みのものだ。例えば、出雲神話のオオクニヌシがスセリビメの婿となる時に姫の父であるスサノオから難題を出される。スセリビメのお蔭でその難題を解決するが、中国もだいたいみんな同じである。チベットの神話と苗族の神話に同型の話があるが、この難題の一つのパターンとして、山を焼いて火攻めにする話があり、これは焼き畑である。その畑に穀物の種を蒔けとか、蒔いた種を一晩で集めろとかいうのがある。蒔く種もトウモロコシとかアワとか大豆である。これはなかなか興味深い。何とか書けそうである。

 学園祭が17日・18日にある。私の学科では読書室というのがあり、学生や教員が読書室活動というのを行っているのだが、この読書室で、学園祭で古本バザーをやる。古本を集めて、学園祭で販売し売り上げを募金として寄付しようというものである。去年は2万円ほど寄付できた。

 ただ、今年は、本がなかなか集まらない。去年かなりあつめたのだが売れそうなのはみな売れてしまった。今年も呼びかけているのだが、集まりが悪い。もし本の置き場所に困って、あるいは処分してもいいという方がいたら、本を寄贈してくれるとありがたい。ただ、あんまり売れそうもない本ばかり集まりすぎると、こちらも売れ残った本の置き場所に困る。学生にそこそこ捌けそうな本であると助かる。

 短歌時評の文章を歌誌『月光』に連載しているが、そこで「アジアのなかの短歌」というエッセイを書いた。日本の短歌はアジアの歌文化の一亜種である、というような内容である。ある歌人がその文章を読んでそれへの書評として書いた文章を送ってきた。期待しているので、体系的に論じた本に是非まとめて欲しいという内容だ。うーん、期待されているのはうれしいが、なかなか時間が。それにしても、意外に反響はあるのだと驚いた。これはまとめないとあかん、と思った次第である。

                         薄物を着重ねするや秋の暮れ

漢化する少数民族2009/10/08 23:30

 台風で今日は休学。果たして学校はどうなるのやらと朝からやきもきしたが、さすがに朝6時にホームページで休校との掲示がある。警報が朝6時と10時まで解除されない場合は休校になるという一応の決まりがあり、今日は一日警報が出ずっぱりであるから、休校は当然である。ただ、職員は出勤とのことで大変である。教員は会議等を延期し無理に出校しないでもいいようにした。いずれにしても、交通機関の大半は運休していたから、出校しようにも難儀したろうと思う。

 昼近くになって、少し風がおさまってからチビの散歩に出かけた。野川沿いの桜の樹が一本折れていて遊歩道をふさいでいた。雨は止んだが風の音は凄い。ほんのちょっとした物音にびくつく臆病なチビは、こういう雨や風、雷の音には鈍感で平気である。不思議な犬である。前に飼っていたナナは雨の音や風の音、雷は大の苦手であった。普通の犬はそうである。

 おかげで、本がたくさん読めた。中国少数民族の神話に関する文献を朝から何冊か斜め読みだがとにかく読みまくっていた。それで疲れてしまった。あと2週間で論文を一本書かなきゃいけない。そのための仕事が少し出来た。台風のおかげである。

 台風のルートを見ると山小屋のほぼ真上を通過したようだ。心配になって、山小屋の近所の人に電話したがたいしたことはないという。山が多いところなので、風をうまく防いだのかもしれない。何しろ斜面に建っているし、風で樹が倒れやしなかったか心配したが、何事もなさそうなので安堵。ただ、行ってみなきゃわからないが。

 今日の朝日新聞の夕刊のコラムに、雲南に生きる少数民族のことが書かれていた。伝統文化が次第に失われ「漢化」が進んでいるという内容である。市場経済の流れの中で、少数民族の生活文化を失い、家族の絆が薄くなり、都市的な生活をせざるを得なくなってきているということだ。私は今勤め先で、「地域文化論」という授業で、雲南の氏少数民族文化について教えている。そこでまったく同じことを学生にしゃべったばかりだ。

 亀井大臣が家族の殺人が増えたのは経団連の責任だと言って、いろいろ話題になっている。極めて短絡的ないいかたではあるけれど、そう言いたくなる気持ちはよくわかる。人間の関係は脆いものである。市場経済はその関係をより脆くする。少数民族の民話にも悪い奴がよく出てくるが、日本の昔話と同じで、欲張りである。つまり、市場経済適応型の人間である。自然との共生や家族の助け合いを価値とする民話の世界では、市場経済型人間はそれらの価値を踏みにじる悪者になる。

 市場経済の社会を生きざるを得ないのが現実であるとすれば、神話や昔話は現実の生活には合わない話だが、現実の生活の中で人々はこの現実に合わない話を伝承してきた。理由は、現実とはそういうものだからである。市場経済で裕福になるものよりも、頑張ってもうまくいかないものの方が圧倒的に多い。こういう民話はそういう理不尽な現実を背景に語られているものなのだ。

 「漢化」しかかっている少数民族の人達もまた、理不尽な現実に翻弄されている。わたしたちよりもかなり激しくである。朝日新聞の記事では、危機感を募らせた少数民族出身の人が「記録して後世にに残すのが私の役目だ」と語って、お年寄りから昔話などの聞き取り調査を始めたと書いてある。合わない現実への対処は人それぞれだが、こういう対処の方法は、私が今仕事としているものである。 

   案山子守護せる田や悪人など居ぬ

公園のバーベキュー2009/10/12 01:50

 昨日今日といろいろあった。昨日の土曜は出校。私が勤める以前に卒業した人が通信制の大学に入りたいので、推薦書を書いて欲しいと言ってきたので面談した。推薦書には、その人の性格などを書き込む欄がある。その卒業生がいた時の教員は誰も残っていないので、とりあえず本人にどう書いたらいいのか聞くことにしたのである。大学側は形式的でいいということなので、そんなに悩む問題ではなかった。

 それが終わってから今度は私の卒業生との飲み会に高円寺に行った。もうだいぶ前の卒業生たちだが、時々飲み会に誘ってくれる。ありがたいことである。その一人が今度結婚するので、お祝いをしようという会で、私も誘ってくれたというわけだ。高円寺は久しぶりであった。沖縄料理屋に行ったが、そういえば、この連休、私は沖縄の竹富島に祭りを見に行く予定だったことを思い出した。ところが、祝日の月曜は勤め先は休みではない。

 月曜は休みが多いので、年に何日かは休日でも休まないのである。そうしないと、月曜の授業は決められた授業回数をこなせないのである。以前は、決められた回数の授業をしなきゃいけないという厳格なルールなどなかったので、休日の多い月曜は人気があり、月曜に授業を入れる教員が多かったが(私もそうでした)、最近は、休日でもでなきゃいけないので一転不人気な曜日になっている。

 月曜に私は二コマも授業がある。休むわけにはいかない。それに会議も入っている。それで予約をキャンセルしたのだ。

 今日は武蔵小金井に住むYさんの家に、チビと奥さんと一緒に出かける。お昼頃着いて、天気もいいので、近くの公園に行ってお昼でも食べようということになった。武蔵小金井は私が二十代の時に住んでいたところで、懐かしいところである。Y夫婦とY夫婦が可愛がっている犬一匹と一緒に車で野川公園に行った。ところが、駐車場は一杯で入れない。交通整理をしていた人が寄ってきてバーベキューですかと聞いた。そうじゃないと答えたが、一時間以上待つというので、仕方なく、今度は小金井公園に行った。ここも駐車場は満杯であるが、そんなに時間もかからないで入る事が出来た。

 小金井公園に入って驚いた。あちこちからもくもくと煙が立ちのぼっている。バーベキューの煙である。とにかく、広い敷地のあちこちで、群れをなしてバーベキューをしているのである。しかもけっこうテントを張っているものも多い。我々は、おにぎりとワインだけでちょつと気分良くお昼にしようという思っただけだが、この光景には驚いた。おそらく、野川公園も同じだったのだろう。今世間ではこんな風に、休日に公園に行ってバーベキューをするのが流行っているのだ。知らなかった。

 何とかスペースを見つけ、武蔵小金井で最近閉店した酒屋で買い求めたスペインのワインをご馳走になり、大変美味しくてつい飲み過ぎてしまった。

 家に帰るまで私はほとんど寝ていたが、帰ってからさあ仕事をしようと思うがもう出来なかった。でも、なんとか、ここ二、三日で照葉樹林文化帯の神話伝承における食物、といったタイトルの論文をほぼ書き終えた。少しほっとしたというところである。

                        ワイン持ち顔赤くして秋の空

「グラン・トリノ」の話2009/10/17 00:30

 今週は、学園祭がるあということで、授業は水曜まで。木曜は振り替えの休講で、今日金曜は学園祭の準備。私も、読書室委員とともに学園祭の準備である。今年は、会場の教室が3号館に追いやられてしまった。たぶん客の入りは悪いだろうなあと思う。

 古本バザーと、読書室の本の展示がメインである。古本バザーは古本が思ったより集まった。かなり安くしてなるべく在庫を残さないようにしたい。売り上げはユニセフに寄付をするということになっている。去年は二万円ほど寄付をし感謝状をもらった。今年はいくらになるか。

 読書室の本の展示は、学生が読みたいような本が中心で、難しい学問の本はほとんど無い。小説や絵本が多い。それらを平積みに並べ、学生が書いた本の感想メモをメモスタンドにはさんで立てておく。最近本屋で店員のコメントがよく店頭に並んでいるが、あれである。これをたくさん林立させて、学生がどんな本をどのように読んでいるかを展示しようというものである。

 今日は展示の準備で朝から学生と一緒に奮闘した。本を台車で運んでいたとき、他学科の学科長とすれ違い挨拶したが、気付いてくれなかった。まさか文科の学科長が学園祭の準備で本を運んでいるとは思わなかったのだろう。ネクタイもしていなかったし。

 終わって、学生や手伝ってれた助手さんたちと近くのイタメシ屋で夕食。私はワインなどを飲み、少しの量だったが疲れていたせいか酔いが回った。でも気分良く帰る事が出来た。

 みんなで映画の話になり、私は最近見た映画の話をした。クリントイーストウッドの「グラン・トリノ」で、なかなか泣かせる良い映画だが、見方によっては微妙に問題を抱えた映画だと話した。落日の大国アメリカを象徴する、頑固で孤独な老人が主人公だ。朝鮮戦争でアジア人を殺しそのことに罪の意識を感じている。フォードで働き、フォードの30年前の車「グラン・トリノ」を毎日磨きそれを眺めながらビールを飲むのが唯一の楽しみである。息子たちとは折りが合わず、行儀の悪い孫たちにもうんざりしている。

 そんな老人の隣へ、アジアのモン族の一家が越してくる。モン族はラオス、ベトナム国境の少数民族で、ベトナム戦争の時にアメリカに協力し、ベトナム戦争後に多くがアメリカに亡命した。そのモン族が主人公の老人の住む町にたくさん移住してきているのだ。老人は差別主義者でモン族の連中が嫌いなのだが、隣の一家と次第に心を通わせていく。その一家の姉弟と親しくなる。ところが、彼らが同じ地区ののモン族の不良にねらわれ、老人が彼らを助ける。そこから、老人は、モン族の不良の若者と戦うはめになる。

 最後は、老人が隣のモン族の若者のために自らが犠牲となる。ラストが良く出来ていて涙、涙なのである。これは、大国アメリカが、マイノリティの民族のために犠牲を厭わずに戦うのだという、ひそかな政治的メッセージが隠されている、という意地の悪い見方もできないわけではない。ベトナム戦争への贖罪という見方も出来よう。が、逆に、アメリカ人のアメリカへの絶望がその良心の発露とともによく描かれたとも言える。こんな風にしかもはやアメリカは自分の良さを描けないのだ、ということだ。

 メッセージ性はどうあれ、最後に他人に希望を与えるために生きた一人の鼻持ちならない老人の物語、という内容通りの良い映画である。ちなみにモン族は、中国では苗族である。私が調査している民族の一つだ。苗族がこんな風にアメリカ映画に登場している、ということにも驚いた。ただ、私は、この手の最後に主人公が死ぬ映画は好きではない。良い映画ではあるが、粗筋をだいたい知っていたので、見るのは辛かった。でも、最後は感動し、見て良かったと思った。そういう映画である。

                       秋の夜孤独な老主人公死す

古本バザー・歌の力学・就職難2009/10/18 23:48

 昨日今日と学園祭。オープンキャンパスもあって、私は二日間とも出校である。特に、学園祭では、読書室委員が、古本バザーや図書の展示をしているので、その手伝いである。

 いつもと違って、3号館という離れた校舎での開催だったので、客が来てくれるか心配だったが、まあまあ来てくれて一安心。今年はなかなか準備が盛り上がらずどうなることかと心配したが、案ずるよりは産むが易しである。委員の学生たちも頑張ってくれて、どうにか無事に終わることが出来た。

 売り上げはユニセフに寄付することにしているが、今年は2万6千円程寄付できそうだ。古本は、50円とか100円とかほんとに安い価格で売っているのだが、現金で寄付をしてくれる人もいて、けっこう集まったのではないかと思う。去年よりも金額で上回ることが出来た。

 やってみて展示の仕方とかいろいろまだ工夫の余地はある。ただ本を展示するのではなく、テーマごとに本を展示することがあってもいい。来年への課題である。

 ここしばらくは学園祭をはさんで休講が続く、しばしの休みと言うことだが、私は、研究会での発表があるのでそれどころではない。いつもながら泥縄式で、さて何を発表したらいいか、一週間でまとめなければならないのだ。

 今考えているのは掛け合い歌の力学というもの。つきつめれば、万葉集などの歌そのものの力とはなんだろうという話になる。それを力学的な観点から説明出来ないかと思っている。手がかりは、中国少数民族の歌垣の資料である。こういう歌の問題を解き明かしたくて毎年中国に調査に行っているのである。そろそろ、解き明かしの方にも力を入れないといけないと思っている。

 歌の力学というのは言わば境界の力学みたいなものである。二つの異なった世界をつなぐ働きと言ったらいいだろうか。例えばシャーマンは歌を歌うことで神の言葉を人に伝える。これは世界的に共通してみられることで、歌が境界の力学的な働きを持つ良い例である。こういう力学を、万葉の歌の問題として語られたら面白いだろうと思うのだが、面白いと思うだけで、実際に展開するのは簡単ではない。そういうことをじっくり考える時間が欲しい、それが私の切実な願いである。  

 ところで、就職進路課から今年の学生が就職活動でかなり苦戦しているので、学科としても対策を打って欲しいと言われた。わが短大は就職率は悪くはないが、そすがに去年から今年にかけてみな内定がとれないという話を聞く。去年のリーマンショック以降の不況で、さすがに採用が減っている。ただ、それなりに対策をたてて頑張れば内定がとれないことはない。

 対策としては、学科として就職活動をしている学生一人一人と会って激励していくということしかできないが、いやはや頭の痛い問題である。

 そう言えば、私の勤め先の大学で、事務職員を募集している。35歳までの職務経験者で、いわゆる中途採用というやつだ。たぶんこのご時世競争率は高いだろうが、大学の仕事に興味のある人は応募してみるといい(関心のある方はホームページをご覧ください)。

                        紅葉のひらひら落つるも力学

学会のシンポジウムが終わる2009/10/26 00:09

 24日、アジア民族文化学会の秋の大会、「アジアのなかの古事記」シンポジウムが終わった。三浦佑之、工藤隆、百田弥栄子、というそうそうたるメンバーによるシンポジウムで、やはり聞き応えがあった(司会は私でした)。

 古事記をどう古事記以前の姿に戻すのか、というのがこのテーマの持つ意図なのであるが、その方法は三者三様だった。三浦氏は、「アジアのなかの古事記」ではなく「古事記のなかのアジア」ではないかと異論を唱えた。「アジアの中の古事記」では古事記を絶対化してしまうのではないかという危惧である。なるほどそういう見方もあるのか。こちらは、アジアというより大きな地域の中でできるだけ古事記を相対化しようと「アジアの中の古事記」とつけたのだが、ネーミングは難しい。というより、これは曖昧な日本語問題なのかもしれないが。

 百田さんの発表は、いわゆる中国の様々な神話伝承を、話形素という形で抽出して比較するもので、その方法によって古事記との類似はいくらでも出来るという発表であった。ただ、この手の比較には批判は常につきまとう。というのは、蒐集した神話伝承の生態そのものが見えないからで、これは工藤氏からの批判である。儀礼として生きているのか、すでに昔話のように語られているのか、そういう生態が見えない比較は歴史をすっぽりと落としてしまう、という批判である。

 ただ、百田さんの方法は、ある意味で比較研究のとっかかりであり、比較というのは、まずどうして文化も地域も違うのに似ているのか、という驚きから始まる。そうしてたくさんの神話伝承を集めて、共通している要素を見出し、そこに意味づけを加えていく。これは、柳田民俗学の方法でもあったが、まずはそういうところから研究は始まるのだ。ただ、問題は意味づけであり、レビィ・ストロースのようにある構造の問題として普遍化してしまうやり方もあれば、より広範な文化特徴として意味づけていく方法もある。この方法は、かなりの数の神話伝承を集めなければならないという量の問題と、意味づけをする研究者の力量によってしまうところがあり、柳田民俗学や、レヴィ・ストロースのような数少ない大物の仕事しかなかなか世に残らない。

 百田さんはかなりの数を蒐集し、興味深い意味づけも行っている人である。ただ、まだまだ中国の神話伝承(口頭伝承)の研究は歴史が浅い。中国各地には膨大な口頭伝承が残っているはずで、それを掘り起こす仕事は、百田さんのような方法でやるしかないのだと思う。

 工藤氏は、神話の表現態や社会態という方法概念を持ちだしてきて、表現がどのようなパフォーマンスを伴っているか、とかどのような社会的な意味・役割を帯びているか、という点を、神話を読むときに重視していくべきだという。つまり、神話の表現を、現実に機能している現場に戻す作業というべきか。それを中国少数民族の神話から探ろうとするのである。

 古事記をめぐる、三浦さんと工藤さんのガチンコ対決、というのを期待して来た人も多かったようだが、お互い歳をとったのか、お互い違いを認めつつ穏やかな雰囲気であった。もの足りない人もいたかも知れない。

 司会として無事終わってほっとした、というのが正直なところである。インフルエンザで学校閉鎖になったらどうしようとか、いろんな事を考えて準備してきたので、とにかくまずは一仕事終えてよかったというところである。

 25日は、古代の研究会。渋谷のマイスペース。ここは駅のすぐそばで便利で良い。別の学会では、歌舞伎町のマイスペースをよく使っているが、あそこは、場所柄ヤーさんが会議を開いていたりとか雰囲気が良くない。前回から渋谷のマイスペースで研究会を開くことにしている。

 私の発表で、歌の力学というような話をしたが、その前にMさんによる宮古島の祖神祭にまつわる地元のいろんな話が聞けた。それがとても面白かった。今では、大神島でしか祖神祭は行っていないが、取材は一切無理だという。Mさんが宮古の島尻で、祖神祭の講演をしたとき、大神島からおばさんたちが聞きに来ていて、祖神祭の話を始めると、あるおばさんは身体が震え初め、神がかった状態になつたという。とても怖かったそうだ。

 これは24日の大会の時に聞いた話しだが、ビジュアルフォークロアのKさんによれば、今、久高島で、25歳の女性が神役を勤めていて、この人がとても評判がいいのだという。実は、かなりヤンキーだつた女性で今でも髪は茶髪らしい。ところが、巫病になり、神懸かるようになって、久高島に伝わる神歌を誰に教わったわけではなくきちんと歌うのだという。それで、この娘はすごいと評判なのだというのだ。

 さすが、沖縄は、まだまだすごいところである。

                      身に入むや結論のない一日に

ノートを取るな2009/10/29 23:26

 相変わらず忙しい日々。「七五調のアジア」というタイトルで本の出版を企画していたのだが、出版社の方からオーケーの返事が出ていよいよ本作りということになった。これはアジア民族文化学会のシンポジウムを本にしようと企画したもので、当初から単行本にする予定だったが、何とかここまでこぎ着けたというわけだ。企画を立てた私としては、これからまた忙しくなる。これから原稿を集めて(私も書くが)の作業が始まる。上手くいけばいいのだが。

 授業の方はまあまあというペースで進んでいる。最近必要があって山折哲雄の文章を拾い読みしていたら(確か『心の作法』)、授業ではノートを取るなと私は学生にいつも言う、と切り出す文章があった。続けてこう書いてある。教員の話をよく聞いて頭の中に刻まれたあるいは心に残った内容だけを家に帰って書けばいい。何も残らなかったら書く必要は無い。だから教室ではノートを取るなという。ところが、学生はなるほどと頷きながら、しばらくするとノートを取りはじめるという。

 なるほどと思わせる文章だが、なかなか言えることじゃない。私には無理だ。お願いノートを取って下さいと頼む方だ。それから山折哲雄は次のようにも言う。教員は、授業でビデオ映像や写真等の視聴覚の資料だとかパワーポイントを使い始めてだめになったという。学生に声で語りかける力を失ってしまったというのだ。これはまったくその通りである。

 最近の私は、ビデオ映像とかパワーポイントに頼りすぎているところがある。板書が得意でないのと、正直面倒がないということもある。とにかく分かりやすい授業を心がけるとどうしてもそういう新しいツールに頼ってしまう。が、いつも俺の話す力はかなり衰えたよな、という感想は持っていた。学生に正面から自分の言いたいことを迫力ある言葉で話すということをあまりしなくなった。そのせいか、自分の話が多いと居眠りする学生が多い気がして、余計に映像資料に頼ってしまうというところがある。

 山折哲雄の文章を読んで、そうかやっぱり安易な授業に流れていたと反省した。まあ、これも忙しくてという言い訳になってしまうのだが、プロは手を抜いてはいかんのだ。語る力で授業をするというのはかなりの準備が必要である。準備とは、教えたいことに確信を持つまでの準備である。単なる予習ではない。そういう確信がないと語る力は出てこない。心に残ったことをノートに書けなんてこととてもじゃないと言えない。20年以上教師をやっているが、まだまだなと山折哲雄の文章を読みながら考えたのである。

                     冬支度する教師ただただ寡黙