就職の指導は難しい…2008/06/26 23:22

 じわじわと忙しくなってきている。というのも、短歌時評の原稿の締め切りが近づき、研究会の発表が来月にあるのでその準備、8月は2週間ほど中国調査、9月に入ったらまたまたすぐに「遠野物語」の研究会でその準備、さらに、短大の自己評価というやつを夏にはある程度原稿化しなくてはならない、というように目白押しになってきているのだ。

 いつもどうなることやらと言いながら何とか乗り切ってきてはいるのだが、今度もどうなることやら、である。

 今日は昼休みに読書室委員に集まってもらって学園祭の打ち合わせ。学園祭に古本市を開き売り上げを寄付するという企画である。何とかみんな頑張ってくれればいいが。

 教授会の後、就職進路課との懇談会。わが学科の就職状況を聞く。短大の就職活動は1年の夏からすでに始まるのだという。1年の夏から筆記試験対策講座を受け、秋から活動を開始、年が明ければもう内定が出始めるという早さだ。短大生はなかなか就職活動にエンジンがかからない、そこが悩みだという。でも、入学していきなり就職活動に本腰を入れろ、と言われてもなかなかその気にならないのは分かる気がする。

 もう一つ言われたのは、自分の就職したい企業や業種に最後までこだわって、結局は最後まで内定がとれずに卒業を迎えてしまうというケース。これも多いのだという。自分の理想の追求は悪いことではない。やはりやりがいのある仕事に就きたいのは当然だろう。が、現実はそんなに甘くはない。そこに入れなければ、まず生きる糧として就職そのものを目的とするしかない。そのためには、理想にとらわれずいろんな企業や業種にあたって就職活動をすることも必要だろう。とりあえず生活を安定させたから、自分のやりたいことに少しずつ近づいて行けばいいのだ。ところが、なかなか自分の理想にこだわって、就職活動を広げられないらしいのだ。

 私の若いときは、食って行ければいいやと考えていたし、ヒッピーやボヘミヤン的生き方も流行っていたから、就職することにそんなにこだわらなかったが、今は時代が違う。派遣やフリーターなると抜け出すのが難しい社会である。自立とは、夢の実現というより生活の確保ということを意味することになってしまった。

 入試の面接の時に、将来の夢について聞くとみんな出版社に勤めたいとか、夢を語る。それってまず無理だよな、と思ってもそれは言ってはいけない。就職活動を通して、その無理さを自分で悟り、その上で就職をどうするのか自分で考える、というのが、まずは自立の一歩なのである。が、そのように自立を促すのは大変難しい。夢はきっと実現するよだから努力すべきだ、とやはり言ってやりたいからだ。就職進路課に話を聞くと、そういうように地に足のついた自立を促すことの出来るベテランの講師がいるそうである。就職ガイダンスでそういった話をしてくれるそうだ。

 もうひとつ、私の学科の学生はすぐに考え込んでしまうので、積極性に欠けるように見られてなかなか内定がもらえないということである。文学好きな学生が多いのだから、考え込むのは当たり前だ。でも、それで内定もらえないというのは辛い。会社の面談は時間が短い。その短い時間のなかですぐに反応してはきはきと答えないと、まずだめだということだ。そういう積極性とは、本人の性格の深いところにかかわることで、嘘でもいいから演じろ、とか積極性を装えと言ってもまず出来ない種類のことである。

 ということで、社会に出て生活していくということは実に大変なことである。その入り口に学生達は今佇んでいるのだが、今のうちに学生生活を充分に楽しめ、と言えないところが辛いところである。

                   わが犬は網戸の向こう夜を見つめる