中国で考えたこと2015/09/02 01:08

 ブログも夏休みでした。19日から中国へ調査に行き、31日に帰って来た。今回は13日間で、さすがに疲れた。ロコ湖近くのモソ人の家を訪れ、葬儀の後に行われる儀礼や、ナシ族の歌の調査、白族の歌文化調査と多岐に渡り、収穫も多かったが、まとめるのも大変そうである。

 中国のメディアは好日戦争勝利70周年をかなり宣伝していたが、それほど盛り上がっている印象は受けなかった。経済は減速気味なので、やはり経済問題のほうに多くの関心がいっているのであろう。それから、民族問題にたんを発するテロ事件や、天津の爆発事故などのニュースが盛んに放送されていた。

 中国の人たちの給料の額は、私が調査に行き始めた1997年頃からくらべると10倍以上は上がっているという。地方公務員の月給が300元と言われていた時代で、今は、3000元以上はもらっている。元の価値も上がって物価が上がったとは言え、10倍ほどではない。つまりそれだけ中国の人々は確実に豊かになったということだ。

 豊かになれば、誰だって穏やかな生活を望みたくなる。対外的な危機意識を煽られて戦争を支持する動きに慎重になる。今の中国人は、少しずつだが、慎重になり始めている、というのが中国社会を肌身で感じた実感である。政府は、自身の政治的権力の維持のためにか、対外的な敵国を作りだし危機感をあおりたてるが、かつては国民はそれにのったが、今は、単純にはのらない。中国は少しずつではあるが成熟しつつある。

 まだ時間がかかるかも知れないが、中国がその生産力に見合った消費社会を育て上げ、安定した経済社会を構築できれば、民族問題や周辺地域への威圧的な態度も変わっていくだろう。今、中国は、急速な経済成長をとげつつも、実体が伴っていない不安を抱え込んでいて、領土や資源の確保に神経質になっている。日本の戦争責任を問い続けるのも、清朝のような他国から侵略され続けた腐った大国に転落しかねない不安を拭いきれないからである。そこを冷静に見ていかないと、中国の内政問題ににいたずらに振り回されるだけである。

 ギリシアも破綻させられない世界の秩序のあり方は、経済大国の戦争などトンデモない話であって、もしそういう事態になれば、リーマンショックの何十倍ものショックが世界を覆う。中国の政権を支えてい富裕層が一番恐れていることである。メンツを大事にする中国はへりくだらないが、ウラでは、日本と上手くやっていくことを望んでいる。日中の紛争は、世界経済に大きな打撃を与える。アメリカも誰も望んでいない。

 もし日本が平和憲法を無くせば、そういった深刻な事態を引き起こしかねない政策転換として、周辺国のみならず、世界から不安視されるだろう。平和憲法は防衛をアメリカに頼る無責任憲法だとする意見もあるだろうが、見方を換えれば、自国を守る必要最小限の武力以外の武力をもたないし、その行使もしませんというメッセージを世界に発しているわけで、それによって、幾分世界の秩序は安定しているとも言えるのである。このメッセージが消えて、日本の政権が自国が危ないと認めたらいつでも武力を使いますよ、というメッセージになったら、日本はいつ防衛を言い訳にして暴力的に振る舞うかわからないという、要らぬ疑いを周囲に持たせることになる。そのことは逆に日本を疑心暗鬼の軍事力を背景にした国際関係の中に巻き込むことになり、安全保障という面からも計り知れないマイナスとなるはず。

 そう考えれば、平和憲法は、安全保障の面からも戦略的に重要な武器になり得ているはずで、核など持つよりはるかに安価で、しかもリスペクトされる安上がりの兵器(この言い方にはかなり抵抗する人もいるだろう)というのがおかしければ、戦略的バリヤーシールドとでも言えよう。これを捨てるのはあまりに愚かということになろう。アメリカに守ってもらうという発想ではなく、アメリカをうまく利用しながら、日本は平和憲法を日本の安全保障のために戦略的に維持している、と考えればよいのではないか。ずるいといわれようと、それも一つの駆け引きであり、国と国との関係ではよくあることである。

 というようなことを中国で考えた。中国も少しずつ穏やかになってきている。日本は、残念ながら穏やかさを失いつつある気がしてならない。

トンデモな宇宙論2015/08/08 00:03

 ようやく夏休み。といっても19日から中国調査なので、明日から山小屋で10日ほどこもって仕事というところだ。7日まで毎日出校。雑務をこなしていた。8月後半は中国なので、夏の宿題をとにかく片付けるため。31日に帰る予定だが、9月に入ったら仕事。私は、大学の第三者評価を受ける側の責任者で、その準備の会議をこの夏にやらなくてはいけない。会議がとにかく多い。

 山小屋では橋本裕之著『震災と芸能』という本の書評を書く予定。読んでみたが、これは引き受けるべきではなかったと後悔。震災後の岩手沿岸地域における神楽復興に取り組んだ著者の報告書といった本である。書評には重たい本である。ただ、私の関心と響き合うところが多かった。私は震災後の復興に何も手助けが出来なかった者だが、神楽に関心を抱くもののひとりとして、神楽が地域のコミュニティ作りや、被災者の心の支えとなり得ることを知ってうれしかった。書評は難しそうだが、そういったことをきちんと書いて置くべきだろうというのが、読後の感想である。

 読書で言えば、青木薫『宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論』は面白かった。筆者は、われわれのこの宇宙は、実はローカルな宇宙なのだというのである。宇宙は一つではない。最新の理論で数えると宇宙の数は10の500乗をくだらないという。つまり、その無限にある宇宙の中でわれわれはたまたま人間が存在できる条件を持つ宇宙にいるだけである、ということらしい。何故宇宙はこのような宇宙なのか、という問の答えは、われわれが存在可能な宇宙に存在しているだけであって、このような宇宙であるのはたまたまである、ということだ。つまり、われわれもたまたま存在しているだけである、ということになる。

 われわれが存在しているからこの宇宙はある、と人間原理を持ち込む物理学者もいるとのこと。が、こういう考えは量子力学ではすでに言われていることでもある。量子力学では、極めて小さい原子の世界では、観察者の影響を受けない対象を観察することは出来ない、という理論がある。これと同じことで、われわれに観察されているこの宇宙は、観察されることでたまたま無数にある宇宙から選択されているということかも知れない、ということだ。なにやらわけがわからなくなるが、言えることは、たまたま観察出来る宇宙の内部にわれわれはいるだけであって、観察出来ない宇宙は無数にある、ということだ。その意味でこの宇宙はローカルなのである。

 宇宙の神秘さ、その絶対的な大きさは、宇宙が観察出来ないからであった。が、われわれの宇宙は観察出来るからわれわれに現前している宇宙に過ぎないのであって、宇宙の向こうには観察出来ない、たぶん人間の住んでいない宇宙が無数にある。ということは、も
われわれはこの宇宙を神秘的なものとしてイメージすることができなくなる?ということも考えられる。いずれにしろ、唯一絶対なものとしての宇宙は死語になる。

 もし、宮沢賢治がこの理論を知ったなら、宮沢賢治はあのような詩や童話を書いただろうか。むろん、無数の観察出来ない宇宙があることは確かなのだから、神秘である対象がなくなったわけではない。でも、新しもの好きの賢治が影響を受けないはずはない。

 それにしても素粒子や宇宙を扱う理論というのはすごいものである。世俗のいい加減なトンデモ理論を軽々と超えるトンデモ的世界を描く。文学理論もこうであったら面白いのにと思うのだが。

やっぱりSF2015/07/12 11:41

 暑い日々が続く。今年から、勤め先の市民講座で「万葉集」の他に「遠野物語」の講座を増やした。これがけっこう人気がある。とりあえず、「注釈遠野物語」をテキストに最初から読んでいるのだが、二話の、早池峰山、六甲牛山、石神山を領する女神の鎮座由来譚を解説した。

 解説といってもほとんど三浦さんの『村落伝承論』をそのまま引用しただけである。この由来譚は、三人姉妹の末の娘が、長姉の胸に降りた霊華を盗んで自分の胸に置き、早池峰の女神におさまったという話である。が、実は、初版本の話では、この盗みが夢の中での行為ともとれるように書かれているのだが、最初の草稿である毛筆本には、夢のことは出てこずに、現実に末の娘が盗んだというように語られている。

 三浦さんは、毛筆本は佐々木喜善の話のままであって、盗んで早池峰を得たという話に柳田は倫理上の問題を認め、夢の記述を書き加えたのではないかと述べている。つまり、「遠野物語」は佐佐木喜善の語ったことを一字一句加減せずに書いたという柳田の序の文章は文字通り受け取れないということの証拠となるところである。

 ところで、講義のあとに質問に来た人がいて、遠野三山の近くの神社の祭神を調べたことがあるが、いずれも、大祓の祝詞に祝詞に出てくるせおりつ姫、はやあきつ姫などの神が祭られていて、これらの女神はもともとの三山信仰に由来するのか、という質問であった。この質問、私には答えようがなかったので、可能性としては、女神が三山の神であるという信仰がまずあって、最初は名前なき神だったが、後から記紀や祝詞の神名からとってきた名前を付けたと考えるのがいいのではないかととりあえずは答えた。それにしても、市民講座には、かなりマニアックに調べている人がいるので生半可な講義は出来ない。大変である。

 「歌物語」というテーマで短歌評論を書き上げた。古典論ではなく現代短歌評論として書くので少々手間取ったが、何とか書き上げた。結局は、虚構の問題である。物語という虚構と歌という虚構にはレベル差がある。その差を利用して一つの作品にするのが「歌物語」である。その時の、歌の虚構とは、一人称的に展開する「私」の世界だが、同時にその「私」は共同体的な「私」でもある、というのが論旨である。この「私」に他者である共同的なものが融合する、という一人称的な虚構のあり方は、物語にはない。物語では、一人称は三人称と最初から置き換え可能であるからだ。

 この問題、父の死を歌って新人賞を受賞した歌人のその授賞式に、死んだはずの父親があらわれ、騒ぎとなった歌壇の出来事があり、それ以来「短歌における虚構とは何か」という論争が勃発しているのだか、そのことを考える一つのヒントになるのではないかと思っている。

 体調が少しは回復気味で、通勤電車で眠らなくてすむようになった。そこで、通勤読書が復活。SFを読んでいる。古典として、フィリップ・K・ディック『時は乱れて』、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』。さすがに古典ぽいが面白い。私としては、フイリップ・ホセ・ファマーの『リバーワールド』シリーズを再度読みたいと思っているのだが、ファーマーの本はほとんど本屋にはない。中古でも全巻は揃わないようだ。この傑作が手に入らないのは残念である。

 神永学『革命のリベリオン』第二部がでたので読んだが、だんだんと登場人物がマンガ的になっていくのがつまらない。フレドリック・T・オルソン『人類暗号』上下。いったいなんだろうと思いながら読んだが、前半の緊張度にくらべて最後がつまらない。

 何故SFが好きなのかと時々考えるのだが、やはり虚構が最初からお膳立てされているからだと思われる。いいかえれば虚構の完成度が最初から問われるのがSFであり、その意味で、作者の想像力、知識の程度がかなり必要とされる分野であるということだ。読み手は、その技量を愉しむことも出来る。日本のオタクはSFファンからから始まっているが、アニメも含めて、日本のSFもなかなかのものである。

ジブリ美術館に行く2015/07/02 00:00

 今年はいったいどういう年なのだろう。同年代の知人の死の知らせが相次ぐ。今年の初めに西條勉が亡くなった。そして先日、丸山隆司逝去の報せである。万葉の挽歌ではないが「およづれごと」かと思ったほどである。西條氏も丸山氏も同年代。早すぎる死である。特に丸山氏は、30年ほど前からの古代文学の研究仲間であり、最近も彼の『海ゆかば』の著作を引用しながら慰霊の論を書いたばかりだ。彼は札幌に移ってしまったので、なかなか会えなかったのだが、メールでのやりとりはしていた。ご冥福を祈るばかりである。

 福島泰樹から『歌人の死』という本が届いた。冒頭に短歌評論家は何故こんなにも早死にするのかと書いてある。小笠原賢二のことを書いているのだが、一瞬どきっとした。私も一応短歌評論家なのだ。同世代の死が相次ぐとそれなりの覚悟もしておかなくてはという気持ちになる。

 先週の土曜日に学生たちと一緒にジブリ美術館に行った。行きたいと常々思っていながらなかなか機会がなく、やっと行けたというところである。私は授業で「アニメの物語学」という科目を担当していて、ジブリのアニメを扱っている。その意味ではジブリ美術館は見ておかなければならないところなのである。手配をしてくれた助手さんたちに感謝である。

 今日の授業で「となりのトトロ」を解説したばかりだ。このアニメの私の読み解き方は、何故サツキとメイの二人が主人公なのか、を解き明かすことである。答えは、メイは無邪気にお化け(自然)に出会える子ども、サツキは、出会えるぎりぎりの年齢。この二人を主人公にすることで、成長していく少女の時間差を描く事が出来たのである。

 その効果は最後の場面に表れる。母親の入院する病院から電報が届き、サツキは母に何かあったのではないかと必死に父に連絡をとろうとする。ここでサツキは精一杯大人として振る舞う。が、メイは何をしていいか分からずサツキにまとわりつき、母に会いたいとぐずるだけである。サツキはメイを叱りメイを自分の世界から切り離す。メイは母の元へ行こうとするが迷子になる。

 このとき、大人になろうと無理をしているサツキが切り離したのは、自分のなかの子どもの領域(メイ=自然の側)である。迷子になったのはメイだが、実はサツキ自身でもあるのだ。母が不在のこの姉妹は助け合って生きた来た。が、ここで姉妹は離ればなれになる。それは、大人として振る舞うサツキが自分のなかの子ども(メイであり自然)を失うことであった。自分にとっての大事なものの喪失を知ったサツキは必死にメイを探す。このとき、その失われたものを取り戻してくれたのがトトロである。トトロは、サツキが切り離そうとしたメイの側にある、原始的自然そのものである。単純化すれば、サツキは切り離そうとしたものによって救われたのだ。

 そうやってサツキは成長していくのである。ここには、自然との乖離に苦しみながら成長していく通過儀礼の物語はない。自然の分離に不安を覚えながら、その自然に救われ、やがてその自然と穏やかに折り合うような、ゆったりとした通過儀礼の物語がある。こんな風に自然に包まれながら成長できたらいいなと誰もが思うような成長譚なのである。

 宮崎アニメは分析しがいがある。それだけ読みしろが多いということだが、「となりのトトロ」もなかなかである。

六月の読書2015/06/14 11:42

 六月はしんどい時期だ。休みがないし、体調管理も大変である。私の場合、休日は宇都宮に行って、施設に入っている弟を訪ね、また家の整理をするので、休むということはない。家の家財処分は業者との契約もすみ、六月末で何とか整理が出来そうだ。

 坂口弘歌集『暗黒世紀』の書評を何とか書き終え『短歌往来』に送る。『暗黒世紀』とはまたすごい題名だが、本人によると自分のことではなく、環境破壊によって自滅していく地球への危機感から名付けたそうだ。彼は死刑囚なのだが、社会の未来に対するこの思いをどう評していいかは難しいところだ。が、革命家たらんとした彼の一貫したスタイルだと見なせばいいのだろう。

 最近、通勤の時間に読んだ本をあげておく。経済学関係では浜矩子『国民なき経済成長-脱アホノミクスのすすめ』(角川新書)、金子勝『資本主義の克服 「共有論」で社会を変える』(集英社新書)、今読んでいるのが宇沢弘文『経済学は人々を幸福にできるか』経済というわけではないが地域創生の本として藤吉雅春『福井モデル』(文藝春秋)、教養系として辻惟雄『あそぶ神仏-江戸の宗教とアニミズム』(ちくま学芸文庫)、宮竹貴久『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社α新書)、内田樹・中田考『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書)、エンタメ系、東野圭吾『ラプラスの魔女』(角川書店)、上橋菜穂子『狐笛のかなた』(新潮文庫)、SF系、梶尾真治『怨讐星域』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(ハヤカワ文庫)、マルコ・クロウス『宇宙兵志願』(ハヤカワ文庫)、ジェイ・アラン『真紅の戦場』(ハヤカワ文庫)。あと一、二冊あったのだが忘れてしまった。

 浜矩子、金子勝はテレビでもおなじみの反グローバリズム、反アベノミクスの旗手であるが、読んでいて痛快である。浜矩子の次の文章はまさしく的を射たものだ。「安倍政権の経済政策は、人間に目が向いていない。労働者をみるべきところに労働力をみている。生産者をみるべきところに、生産力をみている。技術者をみるべきところに技術力をみている。学生をみるべきところに学力をみている。国民をみるべきところに、国力をみている」。金子勝は、フリードマンらの新自由主義イデオロギーがすすめていった、今のグローバリズムは、市場万能主義ではなく米国の企業が都合良く動けるように、米国的な「制度の束」を世界に押しつけているに過ぎないという。金子によれば、市場経済は、歴史の変動のなかで様々な制度を作り上げながら進化させてきた「制度の束」であって、それらの制度の仕組みなしに、自然状態で市場は成立しないものだとする。従って、その「制度の束」を支配し都合良く利用すれば、自国に有利な世界的規模の市場経済が成立する。今、米中心に制度は出来ているが、それに何とか穴を開けようとしているのが中国ということになろうか。
 ちなみに、フリードマンは宇沢弘文のシカゴ大学時代の同僚。ベトナム戦争まっただ中で、タカ派陣営の論客であったフリードマンはベトナムに水爆を使えと主張し「共産主義者は一人でも多すぎる」と言い放った。さすがにタカ派の政治家からも敬遠されたという。宇沢はフリードマンの言う自由は、企業が利益を上げるための自由であって、それの障害になれば何百万の人間が死んでもかまわないという発想だったと述べている。現在のグローバリズムの根底を流れる考え方がよくわかる。アベノミクスが推し進める派遣法改正も、労働者よりも労働力を重視し、人間よりも企業の利益をみるためであるとしか思えないのである。

 教養系、エンタメ系の感想は次回。久しぶりに一句。
 

      紫陽花と移ろいてゆく人の世と

南三陸を訪れる2015/05/31 17:14

 先週の土日(23、24日)は、誘われて平泉の中尊寺、南三陸を旅した。中尊寺は二度目だが、金色堂を覆っていた旧覆堂を見たかった。覆い堂の起源は諸説あるようだが、金色堂が建ってからすぐに鎌倉幕府によって建てられたという説がある。理由は、藤原四代の遺体(四代目は首のみ)を納めた金色堂の金色は、怨霊の光だとみなされたからだという。つまり、金色堂の保護のために建てられた訳ではなく、その金色の光を防ぐ目的で建てられたということだ。この説支持したい。

 南三陸は始めてである。波伝谷町という津波が如何にも来そうな地名のところにある、慶明丸レストランで昼食をとった。このレストランのオーナーは震災で旦那さんを亡くした人で、流された自宅の跡地でこの小さな食堂を開業した。予約制だが、それはそれは豪勢な海鮮料理だった。慶明丸は所有していた船で、その船の浮きが一年後にアラスカでみつかり戻ったそうである。その浮きが店内に飾ってある。

 オーナーの奥さんに、津波に遭った高台の中学校を案内してもらった。海に近いとは言え、十五メートルの高さの高台に立つ中学校の一階まで波が来た。中学校は避難場所であったが、校庭に避難していた人たちの何人かは亡くなったという。奥さんは優れた語り部で、津波の様子をリアルに語ってくれた。その高台から海を見たが、かなり高く感じる。周囲は何もない開けた場所である。ここまで波が来るとは、地面が突如20メートル持ち上がったのと同じであるから、この世の終わりだのような光景だったに違いない、改めて、津波の怖さを実感した。奇跡の一本松にも立ち寄った。枯れてしまったのを剥製のように補強したものだが、それでも持ってあと10年だという。

 海岸に「タブノ木」という看板があった。タブノ木は照葉樹林。東北だが海岸沿いには照葉樹林があるということである。日本の照葉樹の分布は、海岸沿いにはかなり北の方まであるのである。実は、植物学者の宮脇昭が、照葉樹林の森によって防潮堤を作る運動を推進している。「森のプロジェクト」という。瓦礫を10メートね積み上げて、その上に照葉樹林を植える。松は津波でほとんど持って行かれたが、実は照葉樹はけっこう津波に耐えて残っている。根を深く広く這わしているので堅固なのである。瓦礫の土手の上に照葉樹の森を作れば、それだけで20メートル以上の防潮堤になる。コンクリートで作るより金もかからず環境的にもいい。が、復興計画はコンクリートの防潮堤を作る方向に向かっている。日本の政治家のレベルの低さはこういうところにも表れている。

 私の泊まった民宿は、南三陸の海岸にあって、そんなに高い所ではないが、それでも津波の被害に遭わなかった。どうもその地形によって被害の程度にもかなり差があったようだ。海岸沿いはほとんど工事中ばかりで、土砂を摘んだダンプばかりが行き交っている。そうとうな予算が使われていることがよくわかる。しかし、見る限り4年も経つのに何も出来ていない。

 南三陸の観光施設も整備されてきているようだ。私たちも、少しは観光のお役に立てたのかも知れない。写真は、津波にあった高台。写真の撮影地点まで津波が来た。つまり、右側に立っている人の高さまで津波が来たと言うこと

カモシカと対面2015/05/14 00:12

 学会での発表が終わり、今年の前半が終わった、という感じでやや力が抜けた。とりあえず、さしせまった原稿もなく、のんびりとは行かないが、授業の方に集中出来る。母の事故の事後処理はまだ残っているが、ようやく香典返しもすみ、後は、遺品の整理だけということになった。が、これが一番の難問で、考えると気が重い。母が40年住んだ家の家財を総て処分しなくてはならない。当然業者に頼むことになるが、その交渉を含めて宇都宮に通うことになりそうだ。

 連休は学会発表の準備で、山小屋で仕事であった。今年は春が早い。そしてあっというまに初夏になった。どうも四季の中の春が短くなりつつあるようだ。いよいよ日本の亜熱帯化が進み始めているようだ。そのせいかどうか、カモシカが山小屋のすぐ近くに現れた。普通の鹿は山小屋の庭が通り道なのでしょっちゅう見ているが、カモシカは初めてである。カモシカは特別天然記念物で、国宝みたいな動物である。さすがにカモシカと正面きって向き合ったときは感動ものであった。カモシカは人の行けない高山に一匹で行動する孤高の動物というイメージがあった。おいおいいいのか、こんなところにいてと思わず問いかけた。

 連休中に二冊の本を読んだ。一つは『遊ぶ神仏』(辻惟雄 ちくま学芸文庫)『先送りは生物学的に正しい』(宮竹貴久 講談社α新書)である。『遊ぶ神仏』は副題の「江戸の宗教美術とアニミズム」に惹かれて読んでみた。美術についてはそれほどの知識はないが、そこそこは知っている。が、この本で教えられたのが天龍道人源道の仏画である。長野の飯田にある青林山清玄寺のいたるところがこの人の絵画で埋め尽くされているという。特に「釈迦成道図」がすごい。この仏画は普通ではない。特に着物の襞の描き方が尋常ではない。この絵を発見しただけてもこの本を読む価値はあった。

 『先送りは生物学的に正しい』も面白かった。BSでやっている久米書店の中で紹介された本なので読んで見たのだが、これはおすすめである。外敵に襲われると死んだふりをする生物がいることは知られているが、その死んだふりが弱肉強食の生物界の中で生きき残るめの合理的な方法であることを科学的に実証したことが主に書かれている。が、それだけでなく、擬態とか寄生とか、そういった、力と力で戦うのではなく相手をだます戦術というのは、生き残るための大事な戦略であるということが、人間にも適応できる方法として説かれているのがミソなのだ。

 むろん、人と上手くつきあえないコミュニケーションの苦手な女子大生に「死んだふり」しろとは言えない。だが、どうみても戦うのには向いていない学生に、自立して戦えというのはなんか違うといつも思っていた。この本を読んで私の違和感は間違ってなかったと確認出来た。べつに死んだふりすることはないが、危ないと思ったら、とりあえずじっとしていて様子見、というのもありだということである。「寄生」は生物にとって極めて重要な戦略であり、そもそも寄生ということがなかったら、人類の進化もなかったという。この「進化」も、実は、原語の正確な訳は「変化」なのであって、日本人はこれを「進化」と訳してしまつた。それが日本ではひとり歩きしたのだという。つまり、環境の激変に進化したものが生き残るということではなくて、変化することでその激変に適応出来た種が生き残る、ということなのだ。

 例えば、環境の変化に対して生き残る組織と潰れる組織の違いは、その組織の中に、普段は何にもしないでぶらぶらしている個体がいるかどうかだという。変化に対応するということは、自分が多様になるということだ。ところが、その組織が全員有能で自立してはたらいていたら、外敵が来たときみんな一斉に同じ方向に走り出す。それで、全員が食べられて組織は全滅する。だが、ふだんなにもしないでぶらぶしているものがいると、その組織は、危機的状況の時に全員が一斉に動けないのでバラバラに動く。そのことで食べられないで生き残る確率が増えるのだという。

 つまり、人間の組織でも、仕事が出来ない奴を最低限は置いておかないと危機的状況の時に全滅しかねないと言う話で、仕事が出来ない人にはありがたい話である。だが、これも限度の問題である。私は管理職なので、仕事が出来ない奴はいてもいいが増えると困る。ただ、その私が仕事の出来ない奴だったりして、というのは、ない話ではないが。

憑依には誰もかなわない2015/04/23 22:00

 ブログも久しぶりである。公私にわたって忙しく、なかなか暇が無い。15日に『短歌往来』に短歌評論の原稿を送って少し楽になったが、五月のアジア民族文化学会大会の準備でまた忙しい。案内やポスターの発送、ほとんど一人でやっている。そして、私も発表者の一人だ。その資料作りはこれからだが、中国語と格闘しなくてはならない。大変であるが、まあ、これも楽しみと言えば楽しみだ。

 去年調査した白族の観音会の調査報告だが、貴重な神懸かりの映像を公開出来る。なにしろ寒い晩山の上で徹夜して撮影したものだ。ただ、儀礼の背景となる「阿叱力(あじゃり)教」についての説明が難しい。もともとインド密教で、雲南に入り、すでに中国に伝わっていた密教や道教、地元のシャーマニズムと習合し、土着の民間信仰として発展した仏教である。大理国のときに国教として盛んになり白族に広がった。民間の宗教組織が担い手になっている。婦人組織の「蓮池会」がよく知られているが、私たちが調査した地域の宗教組織は、「媽媽会」と言う。

 この「媽媽会」の婦人たちが、お寺や廟に世話役として詰めていて、村人達の参拝の世話をしお経を唱えたりしている。この人たちも憑依の仕草をするが、一般の参拝客の婦人のなかで憑依する人たちもいる。この人たちは、巫病らしく、憑依を体験したあと、感受性が鋭くなり、「媽媽会」の世話役になっていくということなのだ。

 憑依を目の当たりにしていつも思うのだが、憑依というパフォーマンスは圧倒的だ。憑依を目の当たりにすると、誰もが何も言えなくなる。ただ、その現象を受け入れざるをえない。なすすべがない。憑依した当人をただ見守り当人が発する言葉を聴くだけだ。人間というのは不思議なものだ。それが脳の何らかの働きによると分かっているのに、神秘的に感じる。

 この神秘性への感覚と言葉の獲得とはたぶん繋がっている。憑依は言葉の限界を最初から突破している。言いかえれば言葉の無力をこれほど突きつけるパフォーマンスはない。憑依に言葉は伴うとしても、それは双方向的ではない。一方的にどのようにも解釈出来るものとしてただ示されるだけだ。

 圧倒的な憑依。双方向的な言葉のやりとりを一蹴する圧倒的パフォーマンス。私は一方で歌垣の歌の掛け合いという双方向的な言葉のやりとりが、何故、一人の言葉のパフォーマンス(和歌)の中に収まっていくのかいつも考えているのだが、結局、この憑依という圧倒的な言葉のあらわれの、形式的な再現なのではと思うようになった。そう思うことで、折口信夫の神懸かり発生説が何となく理解出来るような気がするのだ。まあ、今のことろ思いつきだが。

本屋大賞違う気がする2015/04/07 23:28

 相模女子大から私の著書の文章(『神話と自然宗教』)を入試問題に使ったとの知らせが届いた。ありがたい話である。ちなみに私の書いた文章はけっこう入試に使われていて、福岡女学院大学、大東文化大学、東京大学、そして相模女子大である。東京都の教員採用試験問題でも使われた。

 入試問題担当者に私の知人が多いというのが一つの理由だろうが、ただ、入試に使いやすいという面もあるのだろう。私の文章は読みやすいが難しいとよく言われる。テーマは明確なのだが、答えは暗示的で明確ではない。展開はエッセイ風でがちがちに論理的ではない。こういうのが問題作成には適しているのだ。ちなみに東大の国語問題に使われたおかげで、参考書に私の文章が掲載され、印税が少しは入る。私の本は少しも売れていないから、これが私が受け取る唯一の印税ということになる。

 今日、本屋大賞が決まった。上橋菜穂子の『鹿の王』である。実は、勤め先の大学で、学生達と今年の本屋大賞ノミネート作品から、自分たちで大賞を選ぶという企画を行った。今年の一月のことである。その企画者のメンバーとして参加せざるを得なかった私は、仕方なく、ノミネート作品十冊を全部読んだ。ノミネート作品は以下の通り。

 伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』、吉田修一『怒り』上下巻、川村元気『億男』、阿部和重・伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』、西可奈子『サラバ!』上下巻、上橋菜穂子『鹿の王』上下巻、月村了衛『土漠の花』、辻村深月『ハケンアニメ』、柚木麻子『本屋さんのダイアナ』、米澤穂信『満願』の十冊である。

 三月終わりに行われた学生の投票で、一位になったのは、柚木麻子『本屋さんのダイアナ』である。二位は伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』、三位は西可奈子『サラバ!』、月村了衛『土漠の花』であった。上橋菜穂子は評判はいいのだが学生は選ばなかった。

 ちなみに私が一位に推したのは西可奈子『サラバ!』である。二位は『本屋さんのダイアナ』。やはり上橋菜穂子は推さなかった。理由は、『鹿の王』は他の本とは異質であると言うことに尽きる。『鹿の王』はロングセラーとして読まれるような風格のある本であって、本屋が短期的にベストセラーを生み出すという目的もある本屋大賞候補にするにはちょっと違うのではないか、という気がするのである。つまり別格であって、本屋大賞にはなじまない。そして、今までの、『精霊の守人』シリーズや『獣の奏者』とくらべると、その物語性においてやや劣る。医学の話にこだわりすぎている。それも、大賞候補から外した理由であった。学生達は、面白いけど共感を持って読むという本ではないといった感想だったようで、他と比較しずらかったようである。

 柚木麻子『本屋さんのダイアナ』が一位になったのは、女子大の学生にとって主人公に一番感情移入しやすく、そして感動できる、という点にあったようだ。確かに私もそう思った。この主人公の女の子に私も共感出来た。傷つきながら成長していくよくある物語であるが、学生達は一番同一化しやすい主人公だったのではないか。

 私が西可奈子『サラバ!』を一位に推したのは、この情けない主人公のライフストーリーに、私は思わず自分を重ねて読んでしまったからである。主人公は中年になって自分を振り返るという展開であるが、その確固たる芯のない、情けない自己嫌悪の人生は、たぶん誰にも当て嵌まるものだろう。私にも大いに当て嵌まった、その意味で身につまされる物語である。こういう感覚はさすがに女子大生には無理だったようで、評判はいまいちであった。伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』の評判が良かった。ただ、この手の、別々の関係なさそうな物語が意外な線で最後にみんな繋がっていく、という伊坂幸太郎特異の手法による小説は、何と行っても『ラッシュライフ』が傑作であって、それの二番煎じは否めない。だから私は推さなかった。

 意外と面白かったのは、吉田修一『怒り』である。英国人の英語講師を殺害して逃避行を続けた千葉大の学生をモデルにした小説だが、三つの話が錯綜する。その展開が実にうまく読ませる。月村了衛『土漠の花』は、海外で後方支援に従事する自衛隊がはからずも、逃げて来た女性を保護するために戦闘に巻き込まれるという話である。敵地からの脱出というサバイバル戦闘もので、戦争アクションものとして迫力がある。が、冷静に読めば、ここに当時要する自衛隊員は、アメリカ特殊部隊顔負けの活躍をする。まああり得ないから面白いのだが。ただ、この小説は政治的に利用されることをねらって書いているところがある。つまり、後方支援とは言え襲われたら戦闘になり、その時に武器を持って戦うのは当たり前だという主張がある。自衛隊に武器を持たせたい安倍首相の感動するのが目に見える小説でもある。

疑いが晴れた2015/04/01 23:38

ついに四月になったが、今年の前半は私にとって試練の時期だった。母の死と弟の施設への入所は前のブログに書いた通りであるが、実は、書いていないことがもう一つあった。私の健康問題である。

去年の十一月に定期検診を行った。その結果が12月に来た。その結果は、私を打ちのめすのに充分だった。まず、肺に小さな陰があるので要検査とある。さらに、前立腺癌の検診で、PSA値が4.5と出た。3.5が基準値だから、癌の可能性がある。これも要検査である。ダブルパンチである。

 肺のCT撮影を一月に慈恵医大で撮ることになり、正月は、いよいよ私も癌かと、わるいことばかり考えて過ごした。最悪は肺癌と前立腺癌。これはないよな、と思いつつ、全部無罪放免というのも虫が良すぎる、どっちかに捕まるかも知れない、が、捕まるなら、前立腺癌にして欲しい。こっちは初期ならほぼ治癒すると言われているし、などと根拠もないことをあれこれと思い巡らしていたのだ。

 一月に入って正月明けに早速、肺のCT撮影。一週間後、おそるおそる医者に結果を聞きに行くと、何もなかったとのこと。どうも定期検診のレントゲンは、精度が低く、ほんのちょっとでも陰影があると、見逃したときのリスクを恐れ、要検査という報告をするらしい。インターネットで調べたところ、検診の結果肺に陰らしきものがあると言われた人のなかで、実際に肺がんがみつかる割合は8パーセントであるという。しかし、その8パーセントに入らない保証はないから、誰もがびびるのである。

 さて、肺がんの恐怖からは解き放たれたが、前立腺癌が残っている。かかりつけの医者で2月に血液検査をしたら、PSAの値が4.9に僅かだが上がっていた。これはどうも怪しいということになった。折しも、同じ歳の友人が前立腺癌だとわかり治療を受けるという話を聞いた直後である。彼も検診で4.7が出たという。3ヶ月後に6に上がっていて、前立腺に針をさして組織を取る生検を行い、がん細胞が見つかったという。その話を聞いていたから、私はほとんど覚悟した。

 そこで前立腺癌についてかなり調べた。PSAの値が10までの場合、癌の可能性は実は3割程度だという。前立腺肥大でもPSAの値は高くなる。私の場合、確かに夜中にトイレに行く回数は多い。従って、冷静に考えれば前立腺肥大の可能性の方が高い。が、その癌になる3割に入る可能性は、肺がんの確率よりかなり高い。こっちはまぬがれないだろうという根拠のない予感があって私はほとんど前立腺癌を覚悟した。

 かかりつけの内科に泌尿器科で説密検査を受けるように勧められ、インターネットで探して、田町駅前の泌尿器科に行った。まず、直腸からの触診、音波による検査で、前立腺肥大であることは間違いないと言われた。ただ、癌の可能性がないわけではないという。そこで、今度はMRIの検査をすることになった。その結果、どうもここんところの色が違うんだよな、と医者。つまり正常ではないと言うことらしい。癌ですかと尋ねると、前立腺肥大の可能性もあるから、という答え。はっきり言わない。

 とりあえず、肥大の薬を出すからそれを一月飲み続けてもう一度血液検査をしてPSAの値を見ましょう、ということになり、血液検査を、弟を施設に入れた次の日、3月26日に行った。値が下がっていなければ次に生検で、その結果を受けて癌ならば、手術か、放射線治療かという選択をすることになる。ちなみに友人は重粒子線治療という最先端治療を受けた。これは三百万円かかるそうで、彼は癌保険にはいりオプションに最先端治療を入れていたので保険がきくという。ちなみに私は癌保険には入っていない。

 私は、小線源治療という方式にすることに決めた。これは、前立腺に放射能を帯びた小さな針を百本以上打ち込み、前立腺内部から直接がん細胞に放射線をあてるというやり方で、治癒率が非常に高く、副作用も少ない。一年で放射線は消えるということだ。ただ、針は一生残る。入院は短期間ですむ。外部からの放射線治療は、50日はかかるので、仕事を持つ身にはつらい。手術で切り取るという方法もあるが、これは、尿道を切断し縫い合わせるので、尿のコントロールが出来なくなり、尿漏れを起こすという副作用がある。これも仕事をする身としてはつらい。ということで、治療方法まで決めて、今日医者に結果を聞きに行った。

 結果。PSAの値は3.1。基準値より下がった。前立腺肥大の薬が効いたようだ。医者は前立腺癌ではないと断言。良かった。安堵。が、前立腺肥大の治療は続けるとのこと。肥大の原因は男性ホルモンにあるので、それを抑える薬を飲むのだという。要するに女性ホルモンをふやすということで、この歳になって、身体を女性化しなくてはならないというわけだ。
 
 しかし、この結果が出るまで長かった。こんなにストレスを抱えて過ごしたのは、たぶん初めてかも知れない。血圧はかなり高くなったが、どうにか乗り切れた。これで、新入生を気分よく迎えられる。