冬枯れの季節2006/10/28 00:37

明日といっても今日だが、富士見コミュニティセンターで「縄文/文様」をめぐる学会と井戸尻考古館とのシンポジウム。それで山小屋にきている。昨日、信濃毎日新聞の記者から電話がかかってきた。シンポジウムについてのインタビューである。一応私が学会(アジア民族文化学会)代表なので。何でも新聞に載せてくれるそうである。たぶん28日の新聞に載るのではないかな。
 ADSLはつながっていた。どうやらNTTの接続ミスだったらしい。今までダイアルアップで接続していたから、やはり快適。費用はかかるが。
 今日は午前中に高田馬場の歯医者で治療。昼に学校に行き、編入の学生のための小論文指導。それが終わって、家に帰り、車で山小屋まで来た。紅葉は、今が見頃のところもあればもう終わりかけているところもある。
 もう冬枯れの季節だ。

     冬枯れに抗っている青年樹

縄文蛙2006/10/29 23:39

昨日の「縄文/文様」シンポジウム(アジア民族文化学会の秋の大会)はなかなか盛況だった。予想以上に人が集まり、机や椅子が足らなくなったほどだ。
 28日の信濃毎日新聞に紹介記事が出た。また今日の長野日報に写真入りでシンポジウムの記事が出ていた。挨拶でスピーチしているわたしの写真も載っていた。
 時間が足りなく、井戸尻考古館の人たちの発表が中心で、こちら側のコメントの短かったのが残念だったが、まあ、「縄文/文様」の解読というテーマはそれなりに面白く伝わったのではないか。
 小林公明さんの発表は、なかなか資料も豊富で面白かった。縄文土器の文様に象徴的に描かれるカエルや眼などの図/文様は、月の出ない新月の空白期を表す、つまり想像力でもってその空白期を生命力で満たそうとしている、そういう図/文様であるという説に、説得力を感じた。
 証明なんか出来やしない、とどこか居直りながら、縄文人の精神世界を再現することに情熱を燃やす彼等の論に圧倒され、こういうのものありかなと思ったのは確かである。
 文様という一種の言語から精神性を解読する試みは、まだ共有されるような文法や文体を持っていない。それだけに、危うさもあるが、魅力もある。その魅力だけは伝わったシンポジウムだった。
 昨日は、富士見高原にある八峰苑で懇親会、温泉に浸かり、一泊。今日、茅野さんの案内で諏訪上社周囲の遺跡巡りをした。なかなかよかった。帰りは関越が渋滞。2時半には茅野を出て、佐久インター経由で来たが、家に着いたのは7時頃になった。

    秋の陽に縄文蛙も薄目開け

水澄む日本2006/10/30 23:33

 「縄文/文様」のシンポジウムのまとめは大山誠一氏であった。このシンポジウムの仕掛け人である。彼が井戸尻の文様に魅せられたところからこの企画がスタートした。時間がなく短いコメントだったが、日本がアジアと違うのは、結局水だ、というのである。今から4・5千年前に対馬海峡に暖流が流れ込んだことで、雨に恵まれる気候となり、冬には雪が降り、日本には豊富な水資源が生まれることになった。さらに、その水は、濁る前に海に流れてしまう。つまり、水澄む日本が縄文時代に成立した。それが、古代国家成立の時に「清き明き」といったイデオロギーの成立につながる、というのである。
 この水という自然条件が、縄文の精神性にやはり大きな影響を与えている、というのが大山氏の考えのようだ。
 確かに縄文農耕を支えたのもこの水だろう。世界に例のない水に恵まれた風土で、日本人は、過酷な自然に直面しないですんでいるとも言える。
 その水が日本の歴史にどうつながっていくのか展開を期待したのだが、時間切れであった。

    蛙居ぬ水澄む日本何処へ行く

    子は縊死す水澄む日本悩みたり

火曜は疲れる2006/10/31 22:52

 今日は会議日。わが大学でも高校の未履修問題は影響を与えている。山形大学のように、成績の報告書に虚偽の記載をしたら入学を取り消すといった厳しいところから、ほとんどそのことを問わないとする大学までいろいろ対応はわかれるようだ。
 考えてみれば、過去に入学した未履修は不問にして、今年の学生だけ問題にするというのも理不尽だろう。
 世界史を履修したものが損をする、不公平だと言うが、何を持って不公平とするのかは難しい。余計な勉強をしたからというのは理屈ではおかしい。それなりに授業料を払ってるのだから、むしろ、世界史を受けられなかった側が不公平だ、授業料返せというべきところだろう。
 もっとも短大に入学してくる学生にはあまりかかわりがない。必修が一つ減ったから受験勉強にとってラッキーなんていう学生はまずはいってこない。
 一日会議で火曜はいつも疲れる。帰りは8時になる。顔を洗って、着替えて食事。ソファーに寝そべっているチビは、帰ったのと顔をちょっと向けるばかりだ。ビールをコップ一杯飲むと、それだけで何もできなくなる。疲れているためだろう。本の読めないのがつらい。読みかけが三冊ほどあるのだ。こうやって寂しい一日が終わるのだ。

   顔洗う水澄む水の寂しかり