岐路ばかり2006/10/24 15:50

 23日の夜FAXで東京新聞の記事のコピーが送られてきた。書評は書いたばかりなのに、と思ったら、歌人の加藤英彦氏が書いたコラム記事だった。癌で亡くなった評論家小笠原賢二特集をした歌詩『月光』の書評記事で、私の事が書いてある。それで、「月光の会」の人がわざわざ送ってくれた。
 私の書いた「小笠原賢二の遺した問い」という文章をいい文章だと褒めてくれていて、かなり力を入れて書いた文章だったので、よかったなあとありがたく思った。褒められるとうれしいもので、やっぱり人のことは褒めなきゃあかん。あらためてそう思った次第だ。
 ちなみに加藤英彦が出した歌集『スサノオの泣き虫』はおすすめ。別に褒められたから褒めるわけではない。最近呼んだ歌集では一番よかった。これはほんと。ところで、朝日新聞のコラムにやはり歌人の藤原龍一郎が評論家は良い歌を褒め悪い歌はきちんとけなすべきだと書いている。うーん、けなすのはむずかしいんだよなあ。だから、評論家って呼ばれるのは嫌なんだ。
 だいたい、私は、確固とした基準をもって生きているタイプではない。右往左往しながら、何となく自分らしさを出していくタイプだ。だから評論も右往左往する。時にはそれがいい場合もある。時にはだが。そのせいか私の人生岐路ばかりだ。

     秋時雨幾代生きても岐路ばかり