来年はどんな年に…2016/12/25 18:30

四ヶ月ぶりのブログです。こんなに休んだのは初めてで、いろいろご心配をかけました。特に理由はないのですが、相変わらず忙しいのと、体調の問題、他人に向かって発信する気力の衰えといったものもあって、しばらく遠ざかってました。

 今年は、私にとって、試練の年だったようです。弟の死にはさすがに参りました。病気なのでどうしようもないと言えばそれまでですが、弟の入っていた施設がよくなかったのではないか、もっと良い施設に入れてやれば良かったのに、といった悔恨の念がどうしてもつきまといます。

 弟の入っていた施設はサ高住で、住居の部屋は二階、昼間はデイサービスで一階に集められてそこで過ごします。問題は、自由がきかないことで、部屋を出れば夕方まで戻れません。無論、自由のきかない体なので仕方のない面もありますが、老人や障害者を抱える施設は人手不足から、必要以上に自由な行動を制限する傾向にあるようです。弟も、会う度にここは刑務所と同じだと不満をもらしていました。

 入所してから、3ヶ月で体重が二〇キロ減りました。これは、施設の食事が老人用なので、もともと体の大きい弟にはカロリーが少なすぎたことによるものだったようです。むろん、施設の人もよくやってくれてはいたのですが、やはり給料が安く、しかも人手不足が恒常化しているこういった福祉施設の構造的な問題だと思います。

 お金があればもっと良い施設に入れることが出来たのですが、将来のことを考えると、費用の高い施設にはなかなか入れません。弟の入った施設でも月15万は越えていました。当初は、あと、何年生きるとして、年金と今の貯えで、月額いくらの施設に入ることが可能か、などという計算ばかりしていました。

 弟の入院のきっかけは転倒による骨折ですが、パーキンソン病なので仕方のない面もありますが、家族としては、今までこんなことはなかったのにどうして、という思いはやはり残ります。もっと良い施設に入れても結局同じかも知れないとは思いますが、生き残った者は、最善を尽くせなかったことに悔いを残します。

 人はみな、生き残る者に悔いを与えて逝き、そして、生き残る者は悔いをいただいて生きるのだということを、強く感じました。

 そんなこんなで今年一年も終わりです。今年は、学科長の役職から解放されその分職務も楽でしたが、それでも会議は多く、またいろんなイベント、研究会と、気がつけば週五日から六日学校に行っており、奥さんから、授業は週三日じゃないの、とあきれられています。

 おかげで歌垣関係の論を3本ほど書くことが出来、何とか、歌垣の本を出すことができそうなところまで来たというところです。今年、私の『神話と自然宗教』という本が、中国語に訳され中国で出版されました。仕事の面ではそれなりに充実した一年だったと思います。

 本は相変わらず読んでます。古本市バザー出品用にと読み始めたエンタメ系の読書は、癖になり、相変わらずけっこう読んでます。そちら系で面白かったのは高田大介『図書館の魔女』でした。魔女とありますが魔女は出て来ません。声を失った博覧強記な天才少女が活躍する全四巻のファンタジー系小説です。本と言語に関するうんちくがとても多く、知的レベルの高さを要求していて、学生には難しい本かも知れません。作者は言語学の学者だそうで、さもありなんでした。

 中国関係でおすすめは楊海英『逆転の大中国史』でしょうか。中国はユーラシアから見ればローカルな一地方に過ぎず、ユーラシアの遊牧系民族に被害者意識をもっている。それを覆い隠すようにして、今の中国は、漢民族中心の中華民族を標榜しているに過ぎない、と断じています。東アジアはもっとダイナミックに流動化していたという視点は斬新でした。ユーラシア大陸の方にもっと目を向ける必要があることを思い知らされた本でした。

 政治ではエマニュエル・トッドの本を何冊か読みました。トッドのイデオロギーや国家の政治図を切り取る視点がとても面白く、特に人口の変遷でその国の盛衰を見抜いていく手法は斬新でした。人口問題は、『資本主義の終焉と歴史の危機』の水野和夫経済学の根拠でもあり、けっこう重要なのだと思い知りました。理想主義と距離をとるトッドの徹底したリアリズム、例えば日本も核を持つべきといった論は戸惑いますが、おおかた納得出来るものです。

 最近は、思想や哲学関係はちょっと距離をおいて、読みやすい、文明論的な本を読んでいます。大澤真幸『内なる文明の衝突』、ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』上下巻、ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』上下と読んできて、人間は何故国家をうまく作れないのか、イノベーションとか経済的な発展とか、何故こんなにも国や地域によって差が出来るのか、何となくわかった気がします。

 ある自然条件に従って生活するだけなら、動物と同じで、自然条件に従って生きていくだけです。だが、その条件を克服して、そして、人間の社会を何らかの理念(例えば神によって)まとめようとしたとき、人間は、皆が幸福になるはずの理想を了解しながら、時に、それに反するような自らを滅ぼす負の行動を取るものだということのようです。それが理念に内在する本質的な矛盾であることを説いたのが『内なる文明の衝突』ですが、環境に対する人間の対応の歴史として事例をあげて論じたのが『文明崩壊』、既得権益のために社会を豊かにする筈の技術革新をあえて選択くしない為政者の常を描いたのが『国家はなせ衰退するのか』、いずれも、人間は、全体の幸福のために何をしなければわかっていながら、それと反するように国家や社会を作る、という悲しい存在であることが、よくわかります。核がなくならないのも、格差や飢餓がなくならないのも、さもありなんです。そういう意味では、面白いのだけれど、あまりおすすめ出来る本ではありません。

 来年はどういう年になるのでしょうか。

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