漢化する少数民族2009/10/08 23:30

 台風で今日は休学。果たして学校はどうなるのやらと朝からやきもきしたが、さすがに朝6時にホームページで休校との掲示がある。警報が朝6時と10時まで解除されない場合は休校になるという一応の決まりがあり、今日は一日警報が出ずっぱりであるから、休校は当然である。ただ、職員は出勤とのことで大変である。教員は会議等を延期し無理に出校しないでもいいようにした。いずれにしても、交通機関の大半は運休していたから、出校しようにも難儀したろうと思う。

 昼近くになって、少し風がおさまってからチビの散歩に出かけた。野川沿いの桜の樹が一本折れていて遊歩道をふさいでいた。雨は止んだが風の音は凄い。ほんのちょっとした物音にびくつく臆病なチビは、こういう雨や風、雷の音には鈍感で平気である。不思議な犬である。前に飼っていたナナは雨の音や風の音、雷は大の苦手であった。普通の犬はそうである。

 おかげで、本がたくさん読めた。中国少数民族の神話に関する文献を朝から何冊か斜め読みだがとにかく読みまくっていた。それで疲れてしまった。あと2週間で論文を一本書かなきゃいけない。そのための仕事が少し出来た。台風のおかげである。

 台風のルートを見ると山小屋のほぼ真上を通過したようだ。心配になって、山小屋の近所の人に電話したがたいしたことはないという。山が多いところなので、風をうまく防いだのかもしれない。何しろ斜面に建っているし、風で樹が倒れやしなかったか心配したが、何事もなさそうなので安堵。ただ、行ってみなきゃわからないが。

 今日の朝日新聞の夕刊のコラムに、雲南に生きる少数民族のことが書かれていた。伝統文化が次第に失われ「漢化」が進んでいるという内容である。市場経済の流れの中で、少数民族の生活文化を失い、家族の絆が薄くなり、都市的な生活をせざるを得なくなってきているということだ。私は今勤め先で、「地域文化論」という授業で、雲南の氏少数民族文化について教えている。そこでまったく同じことを学生にしゃべったばかりだ。

 亀井大臣が家族の殺人が増えたのは経団連の責任だと言って、いろいろ話題になっている。極めて短絡的ないいかたではあるけれど、そう言いたくなる気持ちはよくわかる。人間の関係は脆いものである。市場経済はその関係をより脆くする。少数民族の民話にも悪い奴がよく出てくるが、日本の昔話と同じで、欲張りである。つまり、市場経済適応型の人間である。自然との共生や家族の助け合いを価値とする民話の世界では、市場経済型人間はそれらの価値を踏みにじる悪者になる。

 市場経済の社会を生きざるを得ないのが現実であるとすれば、神話や昔話は現実の生活には合わない話だが、現実の生活の中で人々はこの現実に合わない話を伝承してきた。理由は、現実とはそういうものだからである。市場経済で裕福になるものよりも、頑張ってもうまくいかないものの方が圧倒的に多い。こういう民話はそういう理不尽な現実を背景に語られているものなのだ。

 「漢化」しかかっている少数民族の人達もまた、理不尽な現実に翻弄されている。わたしたちよりもかなり激しくである。朝日新聞の記事では、危機感を募らせた少数民族出身の人が「記録して後世にに残すのが私の役目だ」と語って、お年寄りから昔話などの聞き取り調査を始めたと書いてある。合わない現実への対処は人それぞれだが、こういう対処の方法は、私が今仕事としているものである。 

   案山子守護せる田や悪人など居ぬ

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://okanokabe.asablo.jp/blog/2009/10/08/4620888/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。