生活がかかってる ― 2012/08/24 01:06
中国から20日に帰る。上海で飛行機に乗ったら烈しい雷雨で三時間飛行機は飛び立たずにいた。結局、三時間遅れで羽田に着く。飛行時間2時間半。近い距離である。反日デモのことは知らなかった。ナショナリズムが入ると距離はとたんに遠くなる。中国で働いたりあるいは中国人と交流しているほとんどの日本人にとって中国とのつきあいは生活がかかったつきあいである。原発があることで生活が成り立っている人がいるようにである。原発に良い感情を持たなくても、生活がかかれば簡単に反原発とは言えない。隣国に対しても同じであろう。生活がかかっている人の慎重な立場を大事にしたいと思う。
今回の調査もいろいろと収穫はあった。去年の調査で確かめられなかったことの再確認という意味合いだったが、結果的に再確認では無く、去年の調査で導いたこちらの論理が正しく無いことを思い知らされた。フィールドワークにはこういうことはよくある。調べながら推論し、もっと調べるとその推論が無効になる。ひととき混乱し途方に暮れるが、しかし、それは新しい推論を作る機会であり、収穫でもある。
21日は学会のセミナーで箱根へ。22日箱根から都心に戻り別の学会の会合に出席。いやはや、毎日泊まる場所が違う。研究者同士での合宿なので夜遅くまで酒を飲んだり研究の話でつきることがなく、若い人は朝方まで話し込んでいる。私はさすがにそういう元気はない。
中国にも本を持ってって読んでいた。行く前と帰ってから読んだ本を含めると次の通り。カルロス・ルイス・サフォン『天使のゲーム』上下巻、集英社文庫。大栗博司『重力とは何か』幻冬舎新書。三上延『ビブリア古書堂の事件手帳』1・2・3巻メディアワークス文庫。赤坂真理『東京プリズン』河出書房新社。
『天使のゲーム』は★★★(まあまあ面白い。特に人に勧めるほどではない)。前作『風の影』ほどではない。『風の影』を超えた!がキャッチフレーズだが嘘です。あえてだろうが、説明されることのない謎をいくつか残して終わっている。シリーズものにして後から解く、というよりは、神秘的もしくは神学的な内容にしたかったのだろう。しかしとりあえず謎解きミステリーなのだからそれは約束違反。違反を問題にしなくなるほどの神秘性はない。『ビブリア古書堂』は、このサフォンの古書店を舞台にした設定とよく似ている。ひょっとして影響を受けたのかも。★★★。それなりに本を読んでいる私としては、読んでない本が出て来てそれが事件の鍵になるなんて設定は悔しいところがある。そういう意味での面白さがある。探偵物としては可も無く不可もなし。
『重力とは何か』★★★。科学本は好きなのでたまに読む。これは素人向けの啓蒙書なので、難しい理論をどうやってわかりやすく説明しているのか、そのことに興味があって読んだ。確かにわかりやすかったが、わかりやすすぎて面白くないところもあった。つまり、肝心なところは説明できないのか言っても分からないだろうと語っていない気がする。「重力は幻想である」という言葉が印象に残る。空気や水が幻想だと言われているのと同じことだ。つまり実体としての「重力」そのものなどないということである。エレベーターが高速で落下するとき一瞬重力から解放される。あれは解放されるのではなく、ただ重力がなくなったというだけのことらしい。
さて『東京プリズン』は不思議な本である。★★★(今回は全部★三つでした)。面白いところと面白くないところとが斑模様になっている。時々読むのに疲れた。結局、この本は、作者の天皇論だと言ってもいいだろう。むろん、それは日本論でもある。が、同時に自分論でもある。16歳の少女が留学先のアメリカの高校で、天皇の戦争責任を巡ってディベートをやらなくてはならなくなる。
ところがだこの少女はえんえんと自分と母親との葛藤やあるいは自分はなにものなのかというアイデンティティの悩みを綴る。これがほんとに面白くない。ディベートに入ると、天皇は「大君」として少女と一体化していく、つまり、天皇を、キリスト教的な一神教の神ではない、主体の曖昧なアニミズム的な霊そのものとして扱っていく。その解釈から責任論をやるのだから、ディベートがなりたたなくなるのだが、結局、天皇は私だし日本のピープルだし、よくわからない霊だといって終わっていくのだ。
天皇をめぐる解釈は面白くない。それほど目新しくはないからだ。面白いのは、アイデンティティ崩壊に直面した発達障害の少女が、日本とは何かという「大きな物語」を必死に考える事で救われていく、みたいな、小さな物語と大きな物語とが結構上手く融合しているところだ。作者はこの小説をとても真面目に書いている。題材が題材だけに真面目に書かないととやかく言われる小説だ。が、この種の真面目さには真面目さ特有の嘘がある。つまり、原発で生活が成り立っているというような、そういう生活がかかってない真面目さだということだ。
今回の調査もいろいろと収穫はあった。去年の調査で確かめられなかったことの再確認という意味合いだったが、結果的に再確認では無く、去年の調査で導いたこちらの論理が正しく無いことを思い知らされた。フィールドワークにはこういうことはよくある。調べながら推論し、もっと調べるとその推論が無効になる。ひととき混乱し途方に暮れるが、しかし、それは新しい推論を作る機会であり、収穫でもある。
21日は学会のセミナーで箱根へ。22日箱根から都心に戻り別の学会の会合に出席。いやはや、毎日泊まる場所が違う。研究者同士での合宿なので夜遅くまで酒を飲んだり研究の話でつきることがなく、若い人は朝方まで話し込んでいる。私はさすがにそういう元気はない。
中国にも本を持ってって読んでいた。行く前と帰ってから読んだ本を含めると次の通り。カルロス・ルイス・サフォン『天使のゲーム』上下巻、集英社文庫。大栗博司『重力とは何か』幻冬舎新書。三上延『ビブリア古書堂の事件手帳』1・2・3巻メディアワークス文庫。赤坂真理『東京プリズン』河出書房新社。
『天使のゲーム』は★★★(まあまあ面白い。特に人に勧めるほどではない)。前作『風の影』ほどではない。『風の影』を超えた!がキャッチフレーズだが嘘です。あえてだろうが、説明されることのない謎をいくつか残して終わっている。シリーズものにして後から解く、というよりは、神秘的もしくは神学的な内容にしたかったのだろう。しかしとりあえず謎解きミステリーなのだからそれは約束違反。違反を問題にしなくなるほどの神秘性はない。『ビブリア古書堂』は、このサフォンの古書店を舞台にした設定とよく似ている。ひょっとして影響を受けたのかも。★★★。それなりに本を読んでいる私としては、読んでない本が出て来てそれが事件の鍵になるなんて設定は悔しいところがある。そういう意味での面白さがある。探偵物としては可も無く不可もなし。
『重力とは何か』★★★。科学本は好きなのでたまに読む。これは素人向けの啓蒙書なので、難しい理論をどうやってわかりやすく説明しているのか、そのことに興味があって読んだ。確かにわかりやすかったが、わかりやすすぎて面白くないところもあった。つまり、肝心なところは説明できないのか言っても分からないだろうと語っていない気がする。「重力は幻想である」という言葉が印象に残る。空気や水が幻想だと言われているのと同じことだ。つまり実体としての「重力」そのものなどないということである。エレベーターが高速で落下するとき一瞬重力から解放される。あれは解放されるのではなく、ただ重力がなくなったというだけのことらしい。
さて『東京プリズン』は不思議な本である。★★★(今回は全部★三つでした)。面白いところと面白くないところとが斑模様になっている。時々読むのに疲れた。結局、この本は、作者の天皇論だと言ってもいいだろう。むろん、それは日本論でもある。が、同時に自分論でもある。16歳の少女が留学先のアメリカの高校で、天皇の戦争責任を巡ってディベートをやらなくてはならなくなる。
ところがだこの少女はえんえんと自分と母親との葛藤やあるいは自分はなにものなのかというアイデンティティの悩みを綴る。これがほんとに面白くない。ディベートに入ると、天皇は「大君」として少女と一体化していく、つまり、天皇を、キリスト教的な一神教の神ではない、主体の曖昧なアニミズム的な霊そのものとして扱っていく。その解釈から責任論をやるのだから、ディベートがなりたたなくなるのだが、結局、天皇は私だし日本のピープルだし、よくわからない霊だといって終わっていくのだ。
天皇をめぐる解釈は面白くない。それほど目新しくはないからだ。面白いのは、アイデンティティ崩壊に直面した発達障害の少女が、日本とは何かという「大きな物語」を必死に考える事で救われていく、みたいな、小さな物語と大きな物語とが結構上手く融合しているところだ。作者はこの小説をとても真面目に書いている。題材が題材だけに真面目に書かないととやかく言われる小説だ。が、この種の真面目さには真面目さ特有の嘘がある。つまり、原発で生活が成り立っているというような、そういう生活がかかってない真面目さだということだ。
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