立松和平のこと2010/02/11 00:29

 立松和平が亡くなった。まだ62歳である。私の二つ上である。私が中学校一年の時に彼は同じ中学の三年だった。団塊の世代で子供の数が多く、一年性のクラスが17組あり、校庭にプレハブの校舎を作って教室にしていた。あまりの多さに中学校が新設され私はそこに移った。

 福島泰樹との縁で彼とは二度ほど会ったことがあり、その折そんなことを話した記憶がある。それにしても驚いた。彼の小説の代表作はなんと言っても『遠雷』だろう。宇都宮の郊外が舞台で、農村青年の鬱屈した思いや、伝統的共同体が解体していく様子がリアルに描かれていた。一度飲み会で彼が現れたことがある。屋久島から帰ってきたその足で駆けつけたらしく、いつもテレビでみる感じだなあと思ったことがある。

 同郷、彼の方が少し上だが同世代で、学生運動の体験もあり、私などは立松の世界はよくわかった。彼が自然保護などにのめり込むことも、わからないではない。都会に溶け込めないところがやはりどうしてもある。田舎や、伝統的な生活に対して、そこで生活はできないとしても、強く惹かれるところがある。それは、ほとんど本能といってもいいものだ。逆に言えば、都会で生活していながら、本能として、私は都会になじめないということでもある。たぶん、これは近代以降、田舎から都会に出てきた多くの日本人が遺伝子のごとく刻み込んでしまった本能の一つだろう。そういう日本人の、心の物語を立松和平はたくさん描いてきたという気がする。

 同郷だからイントネーションも立松と似ていて、よく立松和平としゃべり方が似ていると言われる。そんなに無茶な生き方はしていなかったと思うが、かなり無理をしていたのだろうか。ご冥福を祈る。

                          生まれてそして帰る如月の頃

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