イザベラ・バード『中国奥地紀行2』2014/03/09 15:46

 3月は何故か出校日が多い。週5日は出校している。ほとんど会議である。学科長という立場上しかたがないが、まとまった研究に時間をさけないのが辛いところだ。先週は水曜にFD研修会が学校であり、私が「アクティブラーニング」の報告をした。「キャリアデザイン演習」の授業でクループワーキングを行っているので、その事例報告である。50名近い教員が参加。わが校のFD活動もそれなりに形になってきたようだ。

 金曜日にFD委員会があり、そこで、演劇を学生主体で行うプロジェクトの企画か提出された。授業の提案だが、その授業とは、複数の教員が担当し、演劇の企画から脚本、、演出、出演、舞台、服装、広報、上演全てを学生が中心になって行うというプロジェクトである。これは、明治大学ですでにシェイクスピアプロジェクトとして10年ちかく行われているもので、それをわが大学でもやってみようという企画である。評価はどうするとか、予算は、とかいろいろ質問はでたが、やろうということで一致はした。が、前途多難である。課題はたくさんある。明治では150名近い学生が参加し、単位が与えられるということだ。新しいことをみんなで行うことは楽しいことである。是非実現したい。

 イザベラ・バード『中国奥地紀行2』(平凡社ライブラリー文庫)がでたので早速買って読んで見た。1のほうはすでに読んでいる。1は、長江を四川省まで遡る旅の記録であった。上流へと、しかも長江の急流を船で上っていく旅のすごさは圧巻であった。何百人の曳夫たちが命がけで船をロープで引っ張る様子に驚かされた。

 2のほうは、四川省の成都からさらにチベットに向かって山岳を行く旅である。少数民族の居住地を行く旅であり、雲南省ではあるが中国の少数民族を調査している私としては、興味深く読んだ。1890年代の頃であり、この当時の四川省奥地の記録として、資料的価値の高い紀行文である。

 イザベラバードは、四川省の町で暴徒に襲われ頭を負傷する。中国人は、西洋人が来ると子供を食らうという噂を真に受けて畏れ排斥しようとするのである。むろん、そこには、西洋の植民地支配への反発が背景にあるだろうが、中国人(漢族)の、鬱積した不満や畏れなどを攻撃的な形で発散する仕方は今と変わらないと感じる。この紀行文でも書かれているが、漢族に対して少数民族は穏やかである。この、イザベラバードの感じ方は、やはり中国の少数民族を調査している私の感じ方とそれほど変わらない。

 それにしても中国の奥地のかなり危険な旅にでるイザベラ・バードは65歳であり、私と同じ歳だ。旅行記をかくことを仕事としているとは言え、驚異的である。日本の旅行記は40代後半で、それから10数年経っている。日本の旅は、西欧では失われた古いものを訪ね歩くものだった。だから、日本ははとても美しく懐かしいものとして描かれた。

 が、中国は違う。このことはすでにブログで書いたが、イザベラ・バードが中国でみたものは、中国人の圧倒的な生へのエネルギーだった。イギリス婦人の目には。中国の民衆は、狡猾で、野蛮で、汚い。が、エネルギッシュで、悲惨で、自由である。欧米の搾取にあっているが、それでも、恐怖を感じながらもその圧倒的な生きる力を伝えている。

 だが、その圧倒的な力を吸収してしまっているのがアヘンなのである。当時、四川省の都市に住む住人の半分はアヘンの常習者であると述べている。アヘンなしでは中国の社会そのものがたちゆかなくなっているほどだと述べる。上流階級から下層までどの階層にもアヘンは浸透し、特に、下層では、アヘンを買うために娘を売り飛ばす親がいるほどで、アヘンは中国社会をかなりむしばんでいるのである。それだけ大量のアヘンが消費されるのであるから、ケシ栽培は雲南省や貴州省の主たる生産物となり、中国西南地域の経済を支える程になっている。中国では、日清戦争に負けたのは、日本がアヘンを拒絶したのに対して中国は拒絶できなかったからだという説があるという。アヘンを持ち込んだのはイギリスなのだが、それにしてもどうして中国人はアヘンにはまってしまったのか。

 イザベラバードは中国人は矛盾に満ちていると述べる。役人は腐敗し、西洋諸国に搾取され、それに不服も言え無いほど「病人」ではあるが、「実際のところ、中国人は実生活の面では世界で最も自由な国民の一つなのである」と述べるのだ。経済の自由、移動の自由も、宗教の自由も、反乱の自由もある。ただ、国の制度そのものが旧すぎて多くの国民が貧しいというだけなのだ。

 反乱はすぐに鎮められ、清朝政府は改革を弾圧する。さらに外国勢力には経済の利権を独占される。そういう状況のなかで、出口を失ったエネルギーを鎮静化させるのがアヘンであったということではないか。つまり、当時の中国には希望がなかったということになる。アヘンによって現実から逃避することが一つの流行として中国全土を覆ったのだ。イザベラバードの紀行文はそのような中国の雰囲気をよく伝えている。

 今中国は一党独裁だが、中国人は、たぶん独裁されているとはあまり思っていない。自分たちの生活を成り立たせてくれるなら、政府がどういうものであろうとあまり気にしない。何故なら「実生活の面では世界で最も自由な国民の一つ」であるからだ。中国人は、歴史的にずっと王朝の支配下であり、生活がなりたたなくなれば、反乱を起こして王朝を交替してきた。そのDNAは共産党政権下でも受け継がれている。

 中国政府もそれを知っているから、経済成長が止まるのを恐れ、民衆のエネルギーを日本叩きで逸らしながら、必死になって成長維持路線をひた走らざるを得ないのだ。中国人に物質的豊かさを得ることへの欲望に火を付けてしまった共産党政府は、今、その爆発的エネルギーをどうやって鎮めるか、苦慮していることだろう。間違えれば、政府そのものが交替させられてしまう。が、やがて、中国人自身が、現在のような成長路線に生活のエネルギーを賭けることの空しさを知る時がくるだろう。それが何時になるかわからないが、そのとき、たぶん、中国は周辺諸国と平和に穏やかにつきあえるのだと思う。今の不幸な関係の解決は、そのときまで待つしかないだろう。

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