民俗学につて語る2012/03/26 02:05

 昨日は柳田の研究会に誘われ参加する。勤め先の近くの女子大学に行く。実は、奥さんと知り合いとで、東中野に井上井月の「ほかひ人」を観に行く予定だったが、Nさんから出てくれとのメールがあって、映画をキャンセルして急遽参加することにした。

 二〇何年やっていた柳田研究会をそろそろ終わりにするにあたって、座談会をするので参加して何かしゃべってくれという誘いである。テーマは、柳田研究会を立ち上げた後藤総一郎をどう超えていくか、ということや、社会変革と民俗学というなかなか難しいテーマである。特に、社会変革というと、いまさら、という感じのテーマだが、このいまさらをどう説明していくのか、それはそれで大事なテーマではあろう。

 とりあえず私の発言だけ簡単に記す。まず吉本隆明の柳田論から。吉本は、柳田は内視鏡で村の内部をなめるように描いた人で、外部(歴史的視点や世界からのまなざし)からのまなざしを禁じた人だと語っている。だから、柳田の文章は、液状化したような数珠つなぎのような文章なのだと言う。私は、この吉本のとらえ方が気に入っていて、実は、多くの知識人、例えば吉本が批判する丸山真男などは、その逆だと言うことがわかる。つまり、内部にいる自分のまなざしを禁じて、外部からの(西欧の思想)まなざしによって論じようとする。日本の近代における社会変革の思想がだめになっていったのは、外部からのまなざしだけで内部を遅れた前近代的なものとみなしたからだ。その遅れたもののなかに、自分が抜きがたく存在している事実を見ない態度において成立した思想だったからである。

 柳田はその反対だったが、しかし、外部を禁じれば、自分が入り込んだ内部をどう変革するのか、その方向を見いだせないはずだ。とりあえず、今ある危機への現実的対処は出来ようが、どう変革していくのか未来図は描けない。柳田は、常民が自分たちの生活史を知ることで自らがかんがえていくものだと考えてはいたが、それでも、不親切ではあろう。

 つまり、内部に入り込んでいる自分のまなざしと外部からのまなざしを一致させるのは難しいのだ。言い換えれば、そういうことがどうも日本における思想の課題になっているということでもある。柳田は外部からの眼差しを禁じて、内部からだけで膨大な日本人の生活史、もしくは生活誌を記述した。だから、外部からの思想で革命運動に身を投じ挫折した知識人は、自分たちとはまったく違う方法で、自分たちが変革の対象とした、民衆を記述している柳田に惹かれたのである。柳田の門下生や、戦後の柳田への信奉者は元左翼が多いのはそのためである。

 私だってまあ、似たようなところはある。だが、柳田と違って、内部に入ろうとした多くの知識人は、やはり、外部の思想なしには未来図を描けない。そこに葛藤というかジレンマが生まれる。柳田の言う常民という位置にあることを肯定して、それを外部の思想で語ることは困難であり、ためらいがあろう。後藤総一郎という人は、そのためらいがなかった人であった。だから、常民大学を社会変革という外部的な思考の運動体として、あちこちに作ることが出来た。その意味では、希有な人であった。

 葛藤がなかったことはないとは思うが、それを表に出さず、とにかく、常民大学で社会を変えようと本気で思った人だと思う。それが出来たのは、後藤さんが南信州の山村の出身だった、ということが大きいだろう。彼は、自分が村の内部に位置する存在であることを疑わずに外部の思想を語る、力業が出来た人なのである。批判もあったろうが、常民大学で、多くの人材を育てた功績は大きいと思う。

 それから、私は、柳田民俗学に、社会を変革するといった大きな物語を期待するのはやめた方がいいと語った。柳田はそれほど大きな物語を語ったわけではない。ただ、柳田の信奉者や柳田の批判者が、柳田を大きな物語の枠組みで捉えようとし、あるいはとらえたいと思っているところがある。むしろ、柳田は、近代によって変容していく生活の中で、村や村人、あるいは村から都市に移り住んだ人達の危機に対処できる学問を作ろうした。それは、社会や国家の変革という大きな物語を作ることではなかったはずなのである。

 むしろ、一人一人の中の共同性(民俗文化といったもの)を見つめ直すことだと考えたのである。その意味では、民俗学で「小さな物語」を紡ごうとしたと言える。

 私はたまたま読んだばかりの六車由実の『驚きの介護民俗学』の話をした。ここには、民俗学の方法が、社会的な快適さから見放された一人一人の心や身体の問題と直接向き合うことの出来ることが記述されている。その民俗学の方法とは、社会から取り残された老人たちから個人史を聞くことだが、それは、老人達と新たな関係(ささやかな社会といつてもいい)を創り上げる共同作業とでも言える方法であり、民俗学の一つの方向性を示しているのではないか、というようなことを話した。

 学会で六車さんの論文の審査をした人もその会にいて、感心して聞き入っていたから、少しは、『驚きの介護民俗学』の宣伝は出来たかなと思う。

 久しぶりに難しい話を人前でしゃべってかなり疲れた。

                        まだ咲かぬ桜並木を横に見る

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