銃・病原菌・鉄2012/03/01 01:18

 相変わらず会議日が多く出校の日が続く。原稿を書かなくてすんでいるだけ楽だが、読書だけは続けている。陰陽師関係の本を調べながらジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』上巻を読み始めた。今朝は、雪の影響で小田急が遅れているというので、京王線で神保町まで乗ったが、こっちもかなり遅れた。いつもの倍の一時間は乗っていたのではないか。おかげで、『銃・病原菌・鉄』をかなり読み進めることが出来た。

 この本のテーマは、何故、ある地域の人類の文明が発達し、同じような環境にある別の地域の人類は同じように発展しないのか、という問いにある。ヨーロッパ人がアメリカ大陸を侵略し植民地化したが、何故、南アメリカのインカ帝国はヨーロッパを侵略しなかったのか、という問いである。

 あるいは、農耕においても、ある地域で農耕栽培が発展し同じ気候条件を持つ他の地域ではいつまでも狩猟採集の段階にあるのは何故か、という問いである。ある条件が揃えば必ず文明が発達する、という合理的な説明原理ではこの問いには答えられない。同じ条件下にあっても、一方は農耕栽培を始め、富みによって武器を持ち、支配地域を拡大していく。一方は狩猟採集段階にとどまり、優れた武器を持たず、ある時に武器を持った集団に侵略されて滅んでいく。この差は一体どうしておこるのかという問いである。

 突き詰めれば偶然としか言いようがない、ということになるのだろうか。世界四大文明というが、文明が発達する条件は必ずしも四つの地域にしかなかったわけではない。が、たまたま、四つの地域の人々が、一歩前に出てしまった。ある地域が一歩先んじると、他の地域は、その影響下におかれてしまう。つまり、一歩先んじた地域との関係の中で発展していく、ということになる。そうして世界文明の分布図が定まってしまう。

 「銃・病原菌・鉄」とは一歩先んじた人々が手に入れたもしくは身につけたものである。動植物という自然を人為的に加工していく段階で、新たな病原菌が生まれ、同時に人間はその病原菌の免疫力を身につける。この病原菌は、実は銃よりも威力がある。スペイン人が南米の原住民を銃で殺戮した数より、彼らが持ち込んだ天然痘などの病原菌によって奪った命のほうがはるかに多かった。

 歴史のある段階で、一歩先んじた人々と、そうでない人々との差は、まさにこの「銃・病原菌・鉄」を持つか持たないかの差である、ということなのだ。

 まだ上巻しか読んでいないが、結局、考え方としては、世界史レベルでの各地域の文明の発展を「複雑系」的に把握する、ということなのだと理解した。「複雑系」とは、ある合理的な法則性による動的な展開の理論ではなく、あるいくつかの単位が動き始めると、それらの動きが相互に干渉し始めて、一見ばらばらに見える動きをとりながら、自己増殖的に拡大し、動きそのものがより大きな空間を占めるようになる。そういった動きを「複雑系」と呼ぶが、ある地域の文明が発展し、他が発展していかない、ということそのものが、ある法則性、例えば発展していく地域の人間が優れているから、というものに基づくものではなく、ただ、たまたま一歩先んじた地域の文明が、他の地域と相互に干渉しながら増殖していっているだけだ、ということである。

 むろん、ここまで明快に述べているわけではないが、今のところそのように理解して読みすすめている。

 それにしても何故ある地域が「銃・病原菌・鉄」を独占し、持たざる地域を支配するのか、という問題は、極めて現代的な問いでもあるだろう。アメリカのようにそれらを持つ強大な国家は、民主主義とか神とか正義のためとか理念を掲げて、持たざる国への支配を正当化する。が、あんた方はたまたま最初に一歩先んじただけで、別に偉いわけでも何でもないよ、ということをどうやら、この本は暗に言おうとしているようである。

 下巻に読み進むとまた別の読みになるかも知れないが、今のところ、面白く読んでいる。