ぐだぐだと過ごす2008/12/15 01:00

 忘年会が二日続き、日曜の今日は久しぶりに家で過ごす。一応仕事はあるがやる気が起きない。買い物をし、チビの散歩をし、篤姫の最終回を見て、少し仕事をし、何となく一日が終わる。こういう過ごし方は久しぶりである。一応頭の中では原稿書かなきゃとか、調査資料を整理しなきゃとかと思いつつ、身体は抵抗するように動かない。このぐたぐださが貴重である。せっぱつまると、スイッチが入る。スイッチがはいるまで、ぐだぐだと抵抗している。今ちょうど抵抗している時である。

 今年は、あまり論文を書かないで過ごした。といっても、何本かは書いているはずだが忘れた。来年は大変だ。まず基礎ゼミナールのテキスト作りをこれから始める。この原稿を私が書いたりまとめたりする。それが終わると、すぐに、「アジア民族文化研究」の原稿を書いて、それで1月が終わる。二月は、柳田国男論50枚を2月末締め切りで頼まれているので、それを仕上げる。三月は短大の自己評価報告書をまとめる作業でたぶん休み無しになるだろう。

 四月以降、共編著の本を二冊編集予定。その原稿を来年中に書き上げる。それから、勤め先の研究所の紀要も今年書かないとまずい。研究費をもらっているので。ということで来年はまたハードな年になりそうだ。

 今頭が痛いのは柳田国男論のことである。引き受けなきゃよかったといつも後から思うが、引き受ける時は書けそうに思う。が、具代的に構想を練り始めるとこれはけっこうやっかいだなといつも思う。

 柳田国男と日本というテーマで、私はかつて「柳田国男の民族観」(1995)という論文を書いたことがある。その論文がとても面白いので、その続編を書いてくれと頼まれたのだ。気軽に引き受けたが、これはけっこう難問である。

 以前は、ポストコロニアル批評や、カルスタ批評に柳田がワンパターンで批判されるのが面白くなくて柳田論を書いたのだが、今それらの潮流がほとんど力を失っている。その今改めて柳田と民族主義とを論じるのは困難であるように思える。

 柳田にとって、日本という国家や民族はどのようにあったのか。それを検証するという作業になるだろうが、私はたぶん『先祖の話』あたりから検証できるのではないかと思っている。この本を柳田は、戦争によって外地で死ぬ日本の青年の魂を鎮魂するために書いた。外地で死んだその魂は日本の家に戻って先祖になると考えた。

 これは靖国問題と重なってなかなか微妙なところがある。柳田の固有信仰論が村ではなくて日本という問題に拡大したとき、揺らぎ始めたという問題なのであるが、そこいら辺から何か言えないかと思っている。どうなることになりますやら。お楽しみといいうことである。

                            忘年会森の烏は愉しそう