一番嬉しい時2008/09/21 01:24

 今日はオープンキャンパス。台風の影響もなく、無事に終わった。模擬授業、AO入試の面談とあわただしく過ぎる。来週の月曜からは後期の授業が始まる。これから準備である。

 奥さんは山小屋へ。私は当分行けそうにない。週末はほとんど予定で潰れている。結局、ここのところ、論文も書けないでただ雑務や読書で日々を過ごしている。万葉集を積み上げて歌の抒情について何か書こうとは思っているのだが、まだ上手くスイッチが入っていない。中国から帰ってきて風邪を引いて、それからどうもエンジンがかからないのは、まだ充分に回復していないせいか。それなりに齢を重ねて、回復にも時間がかかるようになってきたようだ。

 今日の模擬授業で、モノガタリとはこの世と異界とが混じり合う異常な状態が正常な状態(この世と異界との分離)に戻るまでのプロセスであるという話をした。たとえば恋愛だってそうだ、恋愛は、当事者がこの世から向こう側の世界に入り込んじゃうことだから、と。

 そう考えれば、歌もそうかも知れない。この世と向こう側との境界を曖昧にしていくのが歌の力ではあるまいか。そうとれば、歌の抒情というものは、その境界の曖昧さにかかわるものだと言える。そういうことを例えば万葉集の歌などから言えると面白いのだが、そう簡単ではない。

 AO入試の面談で作家志望の高校生の多いことに驚く。むろん、志望を積極的に語ることが求められているので、とりあえず言っておこうみたいなのもあるが、案外に現実的で本気な人が多い。就職してからも投稿などして作家を目指すという受験生もいる。

 私どもの学科では、プロの作家による創作の指導ということや、表現することに力をおいていると宣伝しているので、そういう希望の受験生を集めているようだ。とりあえず、受験生集めには成功しているのだが、ただ、作家になるのはそう簡単ではないよ、とは面談の時に言っている。むろん、あきらめなければきっとなりたいものになれる、とフォローは忘れない。

 実際、本はそんなに読まなくても、創作はしたいという学生が増えている。そして、そういう学生のほとんどが異界系ファンタジーが大好きである。私はそのことをよいことだと思いながらも、この娘たちは就職活動というリアリズムに耐えられるだろうか、と余計な心配をしている。

 世界的金融不況によって間違いなく日本経済は落ち込むだろう。立ち直るのには、あと4、5年はかかりそうだ。とすると、今年入る学生の就職はけっこう厳しくなりそうだと、ニュースを聞きながら心配になったりする。

 今日の面談で受験生に何か質問はないかと聞いたら、先生は授業をしていて一番嬉しいときはどういう時ですか、と聞かれた。なんて質問だ。そりゃあ、良い授業が出来て、学生の反応が良かったときだ、逆に上手くいかなかったときはすごく落ち込む、と答えた。そう答えて、そういえば、最近授業で嬉しくなった時ってあんまりないよなと、ちょっと落ち込む。

                    秋の夜に万葉集を積みにけり

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