本の整理2008/03/18 01:11

 何とか風邪からけ出せたようだ。今日は古代関係の学会の連続シンポジウムのポスターの発送を私の研究室でやるというので、私も朝方出校。ただ、私は書類書きがあるので、手伝えず、場所の提供だけ。

 日曜は一日家でだらたらと過ごしたが、実は、ここのところ少しずつ本の整理をしている。というのは、近々引っ越しをすることになったからだ。たぶん、五月の連休頃かそれを過ぎた頃には越す予定である。

 さすがに職場から遠くて、私の体力も持たなくなってきたので、今より近いところを探していたのだが、ようやく見つかったというわけである。むろん予算もないし都心に近いところには越せないが、ローンを組んでもこれはいいというマンションがたまたま見つかったので、この歳になって清水の舞台から飛び降りるつもりで購入を決めたというわけである。

 私は引っ越しを実はためらっていた。というのはそれなりに部屋を埋め尽くした本を処分しなければとても引っ越しは出来ないからである。この忙しいのに、とても本の整理など出来るはずもない。それでも、決めてしまったからには本の整理をしなくてはならない。後悔しても遅い。とにかく本をどうやって処分するかこれから真剣に考えなくてはならない。とりあえず、処分できない本をまとめておくことにした。ところが、これもまだ読むよなあとかまだ資料として必要だなあとか、貴重な本だしとか、いろいろ理由をつけてはとっておきたがる。この調子だととても処分などできないということがわかった。

 そこで、一つ考えたのが、張先生のいる寧派大学に寄贈するというものだ。特に小説関係や文化論は、寧派大学の日本語を学んでいる学生に読ませるのにはちょうどいい。汚れた本でもなんでもどしどし送って、使えるものを向こうで使ってくれればよい。日本の本が無くて困っているという話を以前聞いていた。メールで問い合わせたところ、とても喜んで引き受けると返事が来た。これで、少しは整理が出来そうだ。誰かの役に立つなら少々必要と思っても踏ん切りがつく。送料はこちら持ちだが、まあボランティアである。

 後は古本屋に引き取ってもらうしかないが、それまでには残す本の選別をしなくてはならないが、それが難しいのだ。私の研究生活はあとせいぜい10年ちょっとだろう。とすれば、この期間に読む本もテーマもそれほど多くはない。それなのに、本を処分できないのは、まだ私にあれもやりたいこれもやりたいという色気があるからだろう。これが私の良くないところで、おかげでいまだに一つのテーマを深く掘り下げられないでいる。

 あた10年で本を二冊ほど出すというくらいでいい。その二冊のテーマに絞って今ある本を整理して、そのテーマに関係のないものは処分すればいいのだ。

 ということで、中国に行く前に少しは処分する本をまとめなければとあせっている日々なのである。

          本をまだ読み終えぬまま帰る雁