六月の読書2015/06/14 11:42

 六月はしんどい時期だ。休みがないし、体調管理も大変である。私の場合、休日は宇都宮に行って、施設に入っている弟を訪ね、また家の整理をするので、休むということはない。家の家財処分は業者との契約もすみ、六月末で何とか整理が出来そうだ。

 坂口弘歌集『暗黒世紀』の書評を何とか書き終え『短歌往来』に送る。『暗黒世紀』とはまたすごい題名だが、本人によると自分のことではなく、環境破壊によって自滅していく地球への危機感から名付けたそうだ。彼は死刑囚なのだが、社会の未来に対するこの思いをどう評していいかは難しいところだ。が、革命家たらんとした彼の一貫したスタイルだと見なせばいいのだろう。

 最近、通勤の時間に読んだ本をあげておく。経済学関係では浜矩子『国民なき経済成長-脱アホノミクスのすすめ』(角川新書)、金子勝『資本主義の克服 「共有論」で社会を変える』(集英社新書)、今読んでいるのが宇沢弘文『経済学は人々を幸福にできるか』経済というわけではないが地域創生の本として藤吉雅春『福井モデル』(文藝春秋)、教養系として辻惟雄『あそぶ神仏-江戸の宗教とアニミズム』(ちくま学芸文庫)、宮竹貴久『「先送り」は生物学的に正しい』(講談社α新書)、内田樹・中田考『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書)、エンタメ系、東野圭吾『ラプラスの魔女』(角川書店)、上橋菜穂子『狐笛のかなた』(新潮文庫)、SF系、梶尾真治『怨讐星域』Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(ハヤカワ文庫)、マルコ・クロウス『宇宙兵志願』(ハヤカワ文庫)、ジェイ・アラン『真紅の戦場』(ハヤカワ文庫)。あと一、二冊あったのだが忘れてしまった。

 浜矩子、金子勝はテレビでもおなじみの反グローバリズム、反アベノミクスの旗手であるが、読んでいて痛快である。浜矩子の次の文章はまさしく的を射たものだ。「安倍政権の経済政策は、人間に目が向いていない。労働者をみるべきところに労働力をみている。生産者をみるべきところに、生産力をみている。技術者をみるべきところに技術力をみている。学生をみるべきところに学力をみている。国民をみるべきところに、国力をみている」。金子勝は、フリードマンらの新自由主義イデオロギーがすすめていった、今のグローバリズムは、市場万能主義ではなく米国の企業が都合良く動けるように、米国的な「制度の束」を世界に押しつけているに過ぎないという。金子によれば、市場経済は、歴史の変動のなかで様々な制度を作り上げながら進化させてきた「制度の束」であって、それらの制度の仕組みなしに、自然状態で市場は成立しないものだとする。従って、その「制度の束」を支配し都合良く利用すれば、自国に有利な世界的規模の市場経済が成立する。今、米中心に制度は出来ているが、それに何とか穴を開けようとしているのが中国ということになろうか。
 ちなみに、フリードマンは宇沢弘文のシカゴ大学時代の同僚。ベトナム戦争まっただ中で、タカ派陣営の論客であったフリードマンはベトナムに水爆を使えと主張し「共産主義者は一人でも多すぎる」と言い放った。さすがにタカ派の政治家からも敬遠されたという。宇沢はフリードマンの言う自由は、企業が利益を上げるための自由であって、それの障害になれば何百万の人間が死んでもかまわないという発想だったと述べている。現在のグローバリズムの根底を流れる考え方がよくわかる。アベノミクスが推し進める派遣法改正も、労働者よりも労働力を重視し、人間よりも企業の利益をみるためであるとしか思えないのである。

 教養系、エンタメ系の感想は次回。久しぶりに一句。
 

      紫陽花と移ろいてゆく人の世と