豚インフルエンザで大変2009/05/01 00:01

 明日から連休ということで、夜山小屋に来たが、学校から思わぬ連絡が入る。豚インフルエンザ対策として、もし国内で公的機関が感染者が出たことを確認した場合、学校はただちに休講になり、学校は閉鎖されるという。ということは、2日に予定している古代文学会のシンポジウムと9日のアジア民族文化学会の大会も、会場が使えないということになる。そう連絡してきた。

 困った。今成田では感染した疑いで女性が一人隔離されている。一応検疫で発見されたわけだが、これを国内の感染例として数えられたら、アウトということになる。が、検疫での発見なので国内感染としないことも考えられる。どうなることやらである。

 学会の方は、すでにポスター等で宣伝しているので、事前に中止という連絡をするのは難しい。当日、中止です、と会場校に看板を立てるしかない。いやはや困ったことである。対策としては、近くで会議室を借りるという手もあるが、これも感染者がでて休講措置が決定しないとだめである。運悪く連休中で、公的な機関は休んでいる。

 今のところ、正式な感染者がでないことを祈るしかない。ちょっと過剰反応だとは思うが、世界的な流行になる可能性もあることを考えると、仕方がないかなとも思う。今回アメリカがそうだったが、感染者が拡大するきっかけは学校であることが多いからだ。

 山小屋でなんとか原稿を完成させようと意気込んでいたが、どうもそれどころではない。

                        世の中はマスクだらけの五月晴れ

連休ですが…2009/05/03 23:32

 2日(土)は学会で東京往復。新型インフルエンザで果たして開けるかどうか心配したが、何とか開催できた。学会のシンポジウムの会場校を提供している身としてはほっとした。

 ただ、9日にはアジア民族文化学会の大会があり、そっちはどうなるかまだわからない。早めに感染者が出てしまえば、対策のたてようがあるが、最悪なのは、前日に感染者が出て当日の大会は中止です、という場合だ。そうならないことを祈るしかない。今日のニュースで、またA型の陽性反応が出たということだ。どうなることやらである。

 昨日、東京から帰ってきたのが夜中の12時近くで、疲れてはいたが、2時過ぎまで原稿を書いていた。さすがに、今日は疲れて体調が悪い。無理はするものではない。午前中散歩に出ていた奥さんからの電話で起こされた。首輪のないビーグル犬が付いてきていて、別荘の管理事務所に連絡してくれ、というのである。どうも、迷い犬らしい。

 管理事務所に連絡して、奥さんのいるところへ車で行くと、確かにビーグルが人なつっこくよってくる。ところが、捕まえようとするとするりと逃げてしまう。ある山荘の敷地に入り込んで家の周りをぐるぐると回っている。山荘の主人と奥さんと私とで何とか捕まえようとしたが、犬も近寄ってくるが警戒はしている。首輪のない犬を捕まえるのはまず無理である。どうしたらいいものか、と思案していたが、その山荘の玄関のドアを開けておいたところ、何とビーグルは家の中に勝手に入って行った。どうも家の中で飼われていた犬らしい。そこで、ドアをしめて管理事務所の連絡を待ったところ、飼い主が見つかったという。やかで、金髪のお兄ちゃんがやってきて、すいませんと言いながらビーグルを連れて行った。一件落着である。

 昨日のシンポジウムのテーマは「物とトポス」。物とトポスの組み合わせはおもしろい。ただ、物をどう扱うかという点に不満は残った。パネラーへの質問に、トポスの神秘性(聖性)はどのように成立するのか、言説で作られるという語り方なしに説明が可能かどうか、といった質問があったが、うまく答えられなかった。たぶん、物というのがその答えになるはず。物とは、言説で言及できないあるいは言説で取りこぼしてしまう、という本質を持つ。そういう物を象徴物として抱えると、どんなに荒唐無稽なトンデモ言説でも、聖性をまとうことが可能になる。そこが不思議なところなのである。そういう物の力についての驚きを語ってくれるともっとおもしろかったなあ、というのが感想。

 トンデモ言説すれすれの思想家平田篤胤が取り上げられたが、実は今原稿を書いている柳田国男の『先祖の話』に篤胤の名前は登場する。柳田は篤胤を尊敬しているのである。柳田は、死後の魂が先祖になるという先祖信仰論を展開するのだが、仏教が入ってきてから日本人のこういう信仰はおかしくなったと考える。つまり、仏教を克服して日本人の固有な信仰をどう取り戻すか、と考えたとき、仏教以前の日本人の信仰世界を明らかにしなければならないとして、先祖信仰論を展開するのである。実は、こういう思考は、江戸の国学者の思考と同じものであって、だから、柳田は自分の先祖信仰論を新国学と呼ぶのである。

 茅野へ戻る車中で、『イザベラ・バードの日本紀行』(講談社学術文庫)を読む。イザベラ・バードは、明治初期に単身で東北から北海道にかけて冒険旅行を試みたイギリスの女性である。その紀行文だが、女性の目で当時の日本人が辛辣に描かれている。栄養が悪く、背が低く、のっぺりとした当時の日本人は、西欧人にとってかなり悪い印象だったようだ。「これまであった中で最も醜くて最も感じのいい人」と日本人の印象を述べている。
 
                       夏めく日緑茶と文庫を並べたり

何とか書き上げる2009/05/08 23:23

 昨夜(7日)ようやく書きかけの原稿を脱稿。連休をはさんで何とか50枚書き上げた。午前中速達で送る。7日に教育会館に予約をとる。9日のアジア民族文化学会が、新型インフルエンザで会場が使えなくなった場合の保険である。4万近くの出費。保険代としては安くはないが、万が一使えなくなったら、この間準備してきたことが全部だめになる。最悪の可能性は少ないとはいえ、万全を期したい。とりあえずこの程度の金で解決出来るならと決断。

 今日、状況を判断すると、明日は大丈夫そうである。とすれば昨日予約をしなくてもよかった、ということになるが、それは今日のことであって、昨日は昨日で危ういと判断したのだ。連休で外国から帰国した人の感染の疑いが連日報道されている。一日早い判断であったが、昨日予約をしないとだめだと言われていたので、仕方がなかった。予約金はキャンセルしても戻ってこない。費用は学会費ではなく、会員からのカンパを募ることにした。

 書き上げた原稿のテーマは『先祖の話』を読むである。今何故『先祖の話』なのか、ということから論を書き進める。

 柳田が説く祖霊信仰は、どちらかと言うとアニミズムに近い信仰である。古代的と言ってもよい。柳田は家という制度の問題としても考えているが、必ずしも家が明確な制度になっていなくても、共同体の始祖のようなものとしての信仰まで含めれば、それこそ縄文まで遡れるだろう。

 その古代的な信仰を、近代日本において、日本人のアイデンティティになり得る宗教意識として捉えようとした。つまり、仏教やキリスト教といった世界宗教に対抗しようとしたのである。その意味では国学の思考とよく似ている。

 が、祖霊信仰はそれ自体都市の信仰ではなく、村のローカルな信仰形態である。それを世界宗教に対抗し得る普遍的なものになしえるのか。実は、同じ事を平田篤胤が試みていて、日本の神話世界を、それこそ世界性を付与させるためにトンデモ本的な世界に作り変えた。さすがに、柳田はそこまで暴走しない。むしろ、祖霊信仰がいかに平和的で、子孫と霊魂とがいかに愛情や思慕と言った関係の中に包まれているかを力説する。そのようなローカルな信仰世界の側にこそ、公的な世界(世界性の側)が近づくべきなのだという信念がある。

 それは、戦死者の魂をめぐる問題でも同じである。近代以降の戦死者は国家による死者であり、基本的には家々でその魂を慰霊するのは限界がある。だから、国家が慰霊せざるを得ない面を持つ。だが、実際はどこの家でも身内の戦死者を祀っているのである。ところが、ある地域では、戦死者は一人墓であって、先祖代々の墓には入れないというところもある。家々で祀ってはいるが、やはり通常の死者の祭祀とは区別されているケースがある。

 つまり、日本では、戦死者の魂をめぐっては、国家という公の祭祀と、家々の私的な祭祀とそれぞれ二重に祀られているのである。つまり、アニミズム的な要素の祭祀と、近代国家による祭祀とに分裂していて、その中間がない。中間とは、例えばキリスト教や仏教といってもよい。古代と近代をつなぐ中間という言い方をしてもよい。

 古代というローカル性と、近代国家の世界性とがいきなり対峙してしまう、というのが、どうも日本の宗教をめぐる問題である。これは宗教だけでなく、文化、思想の問題としても言えるだろう。

 靖国神社を批判する論は、戦争責任のある国家の公的な祭祀を拒否し、家々の私的な祭祀において祀られるべきだと主張する。その主張はわからないではないが、やはり公的な祭祀をまったく拒絶は出来ない。現代の私たちの生活において公的な世界を拒否出来ないようにである。むしろ、今私たちは公的な世界をどう作っていくのかが問われている。

 柳田は徹底してローカルな側に公的な世界があるのだと語る。それが理想論だとしても、公的な世界ををどう語るのか分からないでわたしたちにとっては充分に参考になるのではないか。

 以上が、この間書いてきた私の論のだいたいの趣旨である。
 
寂しくて残花をさがす人がいる

30分ずつ歌う掛け合い2009/05/10 01:00

 今朝起きたら三人の感染者が出たというニュース。ただ、空港での検疫で見つかったということで、一安心。空港の検疫では国内感染ということにならないので、今日の学会会場が使えないということはない、とは思うが、やはり心配だった。9時には学校から授業はやるというメールが届き、これで学会も出来るとやっと安心した。

 学会の大会はなかなか盛況だった。新しい入会者もいて、この学会このまま会費も集まらずどうなるんだろうと心配だったが、何とかまだ持ちそうである。私は代表だったが、今日で新代表と交代。少し肩の荷が下りたというところである。 

 発表は4本、それぞれなかなか面白かった。一人の発表者の取材テープをダビングしたDVDが再生できず、かなりショックを受けていた。家では再生できたのにという。DVDのダビングはメーカーによって方式が違ったり、ファイナライズも不完全になりがちで、前もって確かめておかないといきなり本番はとても危険である。やっぱりVHSのテープが安全だと言っていたが、その通りである。

 懇親会と二次会を経て帰宅。実は明日もまた研究会がある。実は昨日も勤務先の飲み会があり、やはり疲れる。昨日今日明日とたくさんの人と会い話をしたし話をする。そういうのは楽しいが、終わるとぐったりとする。

 そう言えば今日、京大の大学院生と話をした。貴州省のプイ族の研究をしている人だが、歌の掛け合いを調査していて、二次会で話をする機会があり、詳しく聞いたら、プイ族の歌の掛け合いは、一人30分歌い、相手もそれを受けてまた30分歌うのだという。その掛け合いを一日やるというのだ。聞いて仰天した。掛け合いは短歌謡を掛け合うことを前提にしていままで論を書いてきた。白族なんて一人の歌はせいぜい40秒である。

 30分なんて、短歌謡じゃないじゃん、そんなに長く歌って相手はよく覚えているな、とか、疲れないのか、とかいろいろ質問が飛んだ。発表じゃなく、二次会で出た話なので、詳細は分からない。でも、けっこう衝撃的な話であった。研究がすすむにつれて、多くの研究者と出会い、その結果、こちらが思い込んでいた前提が崩される。ショックだが、それが面白いと言えば面白いのである。今日はその意味で面白い一日であった。

議論するひとたちがいる薄暑かな

Bさんのこと2009/05/11 23:54

 日曜は研究会。渋谷駅前の貸し会議室。けっこう安い値段で借りられる。某学会では歌舞伎町の同系列の貸し会議室を使っていたが、あそこは周囲の環境が悪い。ここは渋谷駅前で便利なところである。ただ、南口なので分かりづらいのが難点。高速道路の真下にある。ある人は20分も探し歩いたと言っていた。

 私は渋谷がとても近くなった。家から3、40分で出られる。こういう時は引っ越してよかったと思う。川越の家は、知りあいの大学院生に貸すことになった。リフォームを知りあいの外国人Bさんに頼んであったが、研究会の帰り、その大学院生と家を見に行く。

 東上線で池袋から川越に急行で行った。池袋から30分だが、その時間の長かったこと。最近、一つの路線に15分以上乗らないので、30分乗るとこんなに長かったのかと、今楽をしているなあと改めて感じた次第だ。一年前は、30分どころじゃなく50分は乗っていたのだ。一度楽をしてしまうと、もう郊外へは行けないと思った。それこそ仕事をリタイヤしない限り無理だろう。

 実に見違えるようにきれいになっていた。新築とは言えないが、これなら人に貸せる。Bさんは、20日間くらいこの家に通ってこつこつと壁紙の張り替えやハウスクリーニングなどをやっていた。その間近所の人から好かれて人気者になっていた。イラン人だが、挨拶はきちんとするし、とても人柄がよく、いつもにこにこしている。こういう人、日本には少なくなったよなあと思う。

 奥さんの両親の知りあいで、何でも虐待を受けたり捨てられた犬の里親の会で知り会ったらしい。Bさんは骨と皮だけになったハスキー犬を引き取り一生懸命育ててかわいがっていた。そういう縁で、家のちょっとした修理を頼むようになったという。うちも、だいぶ前に洗面台を作り替えたときにやってもらい、その丁寧な仕事ぶりと値段の安さに感心して、今度何かあったら頼もうと思っていた。

 今度の経済不況でかなり困窮しているという噂を聞き、家を貸すことになったということもあってリフォームを頼んだ。ただ、Bさんは実費の材料費と安い日当しか受け取らない。安いのはいいことだが、余り安いとBさんの生活費にならないだろうと、こちらも少々複雑な思いではあった。ただ、だいぶ家は汚れていたらしく、実にあちこち丁寧にやってくれたので、それなりに費用もかかった。変な話だが、Bさんのために費用がかかってよかったと思ったのである。

 学会が終わりほっとしたところだが、明日からは、金曜まで午後5時から連日会議。忙しい日がまだまだ続く。
 
                       躑躅咲くいろんな人の縁あつめ

人の相談にのる資格はない2009/05/16 00:44

 今週は会議会議である。火曜から金曜まで毎日会議の連続である。さすがに頭が混乱してくる。こんなに続く理由は、共通教養教育の委員会というのがあって、この委員会がいろんな分科会に枝分かれしていて、それぞれに会議を開いて今年度の方針を出していく。そのいろんな分科会の幾つかに私が入っているからである。

 全学的に行われている共通教養教育の創設に最初からずっとかかわってきたこともあって、私がいろいろと口出ししているものだから、責任ももたされているということである。さすがにこれだけ会議があると身が持たない。何とか身をひく事を考えなくてはいけないのだが、困ったことである。

 読書室委員たちと今年の読書テーマというのを決めた。テーマは「東京」。なかなかユニークなテーマであると思う。「東京」に関わる本を集めようと思っている。それから前期の千字エッセイのテーマも「東京」にした。東京からいろんなイメージをふくらまして書いてくれればいいのだが。

 今私の学科では教員と学生(新入生)との面談をやっている。私も何人かの学生と面談をした。何か悩んでいることなどない?と一応型どおりに聞く。それなりにみんな悩みはかかえているが、なかなか面談で話してくれる学生は少ない。私がカウンセラーで、その場がカウンセリングだったら話は別だが。

 学生との面談をしながらいつも思うのは私にはカウンセラーは無理だということだ。私には困っている人の話をじっと聞いてあげる余裕というものがない。たぶん、人の悩みを聞いていると私もその辛さに共振して私の方が耐えられなくなるのではないか、と思ってしまうからかも知れない。

 私は、ドラマでも登場人物がこれからひどい目に遭ったり哀しい目に会うとあらかじめ分かっている場合は、それを見ないようにチャンネルを替えてしまう癖がある。悲しい事が分かっていてそれに付き合うことが嫌なのである。

 心理学的に分析すればたぶん私には幼児期にトラウマがあって、そのトラウマが繰り返されることを避けようとする防衛機制が無意識に働くということだろう。だから主人公が最後に死ぬドラマは総じて嫌いである。

 幼児期のトラウマのせいか、私は人の心を必要以上にわかろうとする癖がある。だいたい多面的な自分の一面を手がかりに、こういう心の動きをする人だなと理解する。当たっているかどうかは分からないが、そうやって人に対処してきた。これも傷つくことを怖れる私の防衛機制であった。

 だから、学生の不安や悩みについて、私はそれを理解しこうすればいいんじやないかとすぐに答える語り方を知っている。だから、じっくり聞くことをせずに私の方からアドバイスをしてしまう。それが的確なアドバイスかどうかは分からないが、ただ問題なのは、私がしゃべりすぎるということである。しゃべることは、私の場合、悲しい結末が分かっているテレビドラマのチャンネルを替えてしまうことと同じ事である。

 アドバイスをしてくれる私を学生はありがたく思うだろうが、後で、実は何にも解決出来ていないで、何かごまかされたような気分でいるに違いない。その意味では私には人の悩みを聞く資格は無いのだが、これも教員である立場上仕方がない。

                         五月十一日面談泣かれる

就職対策2009/05/18 10:39

 我が家のマンションの庭もすっかり夏の庭になった。先日、市役所の人が来て、保存樹木の算定に来た。けっこうたくさんあった。保存樹木に指定されると、勝手に伐採は出来ないが、指定樹木の手入れなどに補助が出るという。何せ、うちのマンション、庭は入場料をとって見せるくらいに立派なものだから、庭の管理にけっこう金がかかる。少しでも管理費が安くなれば助かる。

 関西で感染者が拡大し、ついに90人を越えた。いつ東京に来るのか、時間の問題だろうと思うが、なかなか落ち着かない。日曜(17日)は父母懇談会。学生の父母を学校に招いて懇談するというもので、毎年やっているが、今年は例年の倍の人数が来校。父母もいろいろと関心を抱いている、ということか。

 最近、大学の入学式や卒業式の会場で、父母たくさん付き添いでくるものだから、収容する場所がなくて困っている。講堂でやるのだが、父母の人数が多くて入りきらないのである。どうも、最近は両親だけではなく祖父母も一緒に来るという。三世代が来るわけで、これじゃ入りきらないわけである。

 父母の話を聞くと、みなさんいろいろと不安を感じていることがわかる。特に就職についての不安が多い。そうだろうと思う。資格をいくつとったらいいか、という質問がけっこう多い。私は、資格がないと就職に不利ということはない。一番大事なのは学校の勉強をしっかりやって良い成績をとることで、それが最大の資格ですと答えることにしている。

 企業の人事担当者と話す機会があるが、資格の事をたずねるとだいたいおなじ事を言う。問題は人柄やモチベーションであって、看護師のような高度な資格なら別だが、それ以外の資格は就職の際にはあまり関係ない。ただ、どういう学生生活を過ごしたかという一つの資料にはなるという。

 学生は不安だから資格をとろうとするが、大事なのは、人柄を磨くことだ、というわけだ。ただ人柄を磨くのは難しいが。要するに、真面目さや、積極性、明るさなど、誰が見てもいい人だな、と常識的に思える要素を、少なくとも面接の時に発揮出来るようにしろ、ということで、そのためには、普段からそういう姿勢や生き方を意識した方がいいということだろう。むろん、人は、そんなに明るくはないし、時には落ち込むし、人との付き合いが誰でも得意なわけではない。そういうこともまた大事な個性である。

 だが、社会で働くということは、そういうやや内向きな個性はできるだけ抑えなくてはならない。特にサービス業という職種で働く以上はそれが求められる。農業や製造業は、別に無口でも話し下手でもかまわない。だが、サービス業はそういうわけにはいかないのだ。

 自分はほんとは暗い、でも人からは明るい人だと見られる、現代はそういうように自分を意識している者が多い。だからストレスが溜まるのだが、それは実は今の社会を生きる為には必要な意識の仕方である。生き方に幾分演技が入らないとなかなか乗り切るのは難しいのである。

 結局、生き方を明るくしろなんて誰にも言えない。言えることは、演技でもいいから、積極的に明るく振る舞いなさい、ということである。難しいが、現代では誰も無意識にそういう生きる技術を身につけている。それを早く身につけなさい、ということでもある。それが、就職対策なのである。

                        緑はもう陽射しに真向かいに立つ

「空中ブランコ」を読む2009/05/22 00:58

 インフルエンザのニュースに毎日ひやひやし通しである。東京で2例目の感染者が出たが、海外での感染ということでとりあえず、休講はなさそうだ。今度の日曜に学生を連れて歴博に行く予定なので、これが休講になると、やっぱり学外授業なので、中止ということになる。何とか今週は持って欲しい、来週ならいいが、というところだ。

 今日は、読書室委員の学生達と読書会。みんなでケーキを食べながら奥田英朗『空中ブランコ』について感想を語り合った。雑談みたいな読書会を、というのがコンセプトなので、ケーキとお茶菓子を食べながらの会である。

 トンデモ精神科医伊良部と胸もあらわな看護婦マユミの診療室に、いろいろ精神的な問題を抱えた患者がやってきて、伊良部がその病を治していくというストーリー。同じ設定の短編がいくつか集まった本だが、やはり、伊良部の強烈な個性が読者を惹きつける。

 シリーズは3冊出ている。他は『インザプール』『町長選挙』である。本としては、この『空中ブランコ』が一番面白いだろう。

 だいたい各物語の設定は同じで、患者の心の病が違うだけである。治し方も似ていなく
はない。まず、マユミが太い注射器で栄養剤の注射を打つ。男の患者の場合は、豊満なマユミの胸に目を奪われている隙に注射を打たれる。それを伊良部が夢中になって見つめる、というちょっと危ない場面から始まる。

 治し方はいろいろだが、共通しているのは、伊良部は、心理学的なアドバイスはいっさいせずに患者の神経症に陥っているその対象や現場を直に体験しながら、それをただ面白がるだけである。つまり、その病そのものをちょっと意識しすぎじゃない、といった程度のことに解体してしまう。

 例えば万引きしたくなる衝動に耐えられなくなる神経症にかかっていたとすると、伊良部はならやればいいじゃん、と言って、実際に万引きをしてみせてやる、という治療法である。ただ、それをうまく無邪気にやってしまう、というところがポイントである。

 万引きしたくなるのは、万引きしたら自分の権力や地位が危うくなるからである。つまり、潜在意識では、自分で自分を抑圧している原因である外的自己(地位や権威に頼る自分)を壊したい。が、それは出来ないという葛藤にさいなまれている。その内的な葛藤の一つの解決として万引きをしたら全てが解決する(葛藤から解放される)、という意識にとらわれるのである。

 伊良部の治療法は、ならやればいいじゃんというもので、むろん、社会的に葬られないような準備の上で、やってしまうというものだ。つまり、そんな権力や地位に縛られて生きているなんてばからしい、というところまで、いったん自分を解体するべきだ、というメッセージである。それは、悩む以前の姿に戻ることである。この本ではそれは子供ということになる。伊良部は無邪気な子供のようにふるまう。それは、誰にとっても、神経症にかかる前の自分である。伊良部はクライアントに、じつに馬鹿で無邪気な子供のようにふるまうことで、神経症の前の姿を取り戻させるのである。

 それが計算してのものなのか、ただ天然の個性としてやっていることなのか、よくわからないというところが、小説の面白さなのだろう。ところで、あの注射には何の意味があるのか、と話題になったが、伊良部の世界に入り込むための関門のようなもので、あれは通過儀礼であろう、ということになった。注射によってクライアントは伊良部に服従せざるをえなくなるのだ。マユミの胸に目を奪われることで社会的な権威は解体される。心理学的な読み方をすれば、なかなかうまく出来た小説である。ただ、同一パターンが繰り返されるので、少々飽きてしまうというところがあるが。

          きっと犬たちも心を病む五月

学外授業2009/05/25 00:27

 昨日(土曜)の上代の学会に参加。國學院で行われた。高層ビルを建築中でだいぶキャンパスも様変わりしている。この学会にはご無沙汰していて大会の時しか顔を出さない。だから久しぶりに会う人(つまり一年ぶり)ばかりである。

 最初の研究発表は中国の少数民族トン族の儀礼とその祭詞についての報告でなかなか興味深かった。発表者にはさっそくわたしたちのアジア民族文化学会に入ってもらうように声を掛けた。私たちの学会で発表すれば、もっとたくさんの資料や映像を使えて充実したものになるだろう。特に創世神話が祭詞のなかにあり、それを唱える映像は貴重である。その貴重さが発表者は何処までわかっているのか、聞いていてそれがもどかしかった。

 夕方の懇親会はインフルエンザの影響で中止。懇親会費をすでに振り込んでいたが、返してくれた。帰りに渋谷でちょっとした懇親会。神戸や大阪や京都の教員もいる。一人はインフルエンザではないが風邪を引いていて、咳をすると何を言われるのか分からないのでかなり気を遣っていて辛そうであった。初対面の人や中国からの留学生も多かった。楽しい会であった。

 今日は(日曜)学生を連れて学外授業。佐倉にある歴博の見学である。毎年やっている。これもインフルエンザでどうかなと思ったが何とか持ってくれた。ただ天気が雷もある荒れ模様というので、心配だった。

 日暮里の駅で待ち合わせをしたがだいぶ変わっていて驚いた。総勢13名である。京成佐倉から歩いて歴博に。歴博ではまず民俗学の展示室を見て、それから各自自由に見学、というパターンである。目的は民俗学の展示を見ること。第四展示室だが、第一展示室から見ていくと、第四展示室につくころは疲れてしまって、ほとんど見ない。だから、まず、最初に第四展示室から見ることにしている。

 駅から歴博への行き帰りとも雨は小やみで助かった。夕方上野に戻りアジア料理レストランでで食事会。けっこう辛い料理が続く。口直しにデザートということになり、巨大パフェを二つ頼んだ。高さが30センチ以上もあるパフェで、6人前はある。食事会は9人だつたが、二つ頼んだ。なかなか持ってこなかったが、店員が音楽を鳴らしてしかもパフェの上では花火が火花を散らして、登場。みんな大はしゃぎである。さすが別腹で、あっというまに平らげる。辛い料理のことはすっかり忘れてしまった。

 疲れた。毎週土日は行事が入っていて、家で休むということがない。家に帰ったら奥さんが山小屋から帰ってきていた。水曜から山小屋に行っていたのである。チビも一緒に行っていたので、私としては寂しかったのだが、帰るとチビが玄関までのぞきに来て、そのまま私の顔をちらっと見てまた戻って寝てしまった。おいおい久しぶりにあったのにそれはないだろうと嘆いたが、チビはいつもそんなものである。  

                         卯の花や遠出するなり猫と会う

音漬け社会と日本文化2009/05/27 01:02

 自己評価点検報告書がほぼ完成。後少し修正をして来月中に提出。何とか間に合ったというところか。官僚が書くような文章は嫌いなので、けっこう主観的な要素を交えて書いていたら、事務方に直して下さいとけっこう細かく指摘された。文章のプロとしては少しプライドが傷ついたが、まあ官僚の文章のプロではないから仕方がない。素直にいうことを聞いて文章を直した。

 『イザベラ・バード日本紀行上下』(講談社教養文庫)と『音漬け社会と日本文化』(中島義道・加賀野井秀一著講談社教養文庫)を読み終わった。イザベラバードについては以前少し書いたが、48才のイギリス夫人で、明治11年に日本に来て、東京を発ち、東北から北海道にかけて一人の通訳だけを連れて旅をしたものすごいおばさんである。

 熱心なキリスト教徒でもあるらしく、日本人はキリスト教を信じれば精神的にもすばらしくなるのにと残念がっている。日本人はほとんど無宗教で迷信ばかり信じていると、宗教に関してはけっこう偏見の目で語る。キリスト教という強固な信念の眼鏡で見ているのだからある意味では正直であるということだ。

 当時の西欧的な価値観、つまり西欧的文明や文科を絶対的ななものとしアフリカやアジアを未開の地とみなす価値観そのままの人の紀行文だが、割合冷静に分析しているところもあって、なかなか面白いところもある。

 当時の地方の日本人は、夏は裸族になるということがよくわかった。女も男もほとんど裸だ生活していたということにある意味では納得。長い旅のあいだ、ゆすりたかりにあわず盗みにもあっていないことに驚嘆し、日本人の道徳心の高さ、親切であること、子供を可愛がることを賞賛している。ただ、一方では、伊勢に行ったとき、伊勢神社の近くに精進落としの遊郭があることに驚き、そういった日本人の不道徳さにも驚いている。

 日本人は西欧から物質主義だけを取り入れている、という批判がけっこう鋭い。アイヌの人たちを日本人よりも親しみを持って書いている。どうやら顔立ちや皮膚の色が西欧人に近いかららしい。とにかく酒を飲むのが好きな連中だと批判めいた書き方をしているが、むろん宗教的な意味合いがあることを考えてはいない。

 『音漬け社会と日本文化』は期待しないで気まぐれに読んだ本だが、これがけっこう面白かった。中島義道と加賀野井秀一との往復書簡だが、とにかく、この二人変人である。彼等の耳に飛び込むあらゆる不快な音を彼等は許さない。電車内のアナウンス等の様々な声、むろん、イヤホンから漏れるカシャカシャ音も許さないし、近隣の物音、物売りの声それらを糾弾することを使命としている二人だが、凄いのは、彼等は、現実の生活の中でそれらの音を聞くと徹底して音源に向かって戦いを挑んでいるということだ。つまり、抗議するのである。公共の音がうるさければ役所に乗り込む。近隣の音には乗り込んで注意する。あるときは生協の配送車が荷物がついたことを知らせるスピーカー音がうるさいと生協に向かって抗議する。

 よくまあ刺されないで生きていると感心するのだが、本人達もその自覚はあるらしい。この本の面白さは、この変人の二人が、自分たちがマイノリティであることを自覚しながら、不快な音を許容するもっと変である日本や日本人を分析していくところである。特に日本人と言語との関わりが論じられていて、そこがこの本の読み応えのあるところだ。

 哲学者中島義道が述べていることで大事だと思ったことは二つある。一つは、日本人の言語の接触の仕方が「蠱惑的」であり西欧人のは「判断的」であるということ。この「蠱惑的」と「判断的」は森有正の言葉らしいのだが、なるほどと思った。つまり接触が直接的で、だから、感覚的であるということだ。判断の前に嫌いとか好きという接触の仕方が判断を左右してしまう、ということ。もう一つは、人を理解出来ると思うことは間違いである、ということ。人とのコミュニケーションは本質的に不可能である、ということをまず知るべきだということ。

 つまり、日本人は、相当に親切で相手を気遣う心を持っているのに、不快な音を垂れ流してそれに傷つく人を理解しないどころか、抗議する人を変な目で見てみんなで排除するのは何故か、という答えがそこにある。

 まず言語との接触が直感的だから、抗議する人と対話が出来ない。変な人とという直感を持ったら絶対にその人と冷静に話はしない。そして、本当は理解など出来ないのに、みんな理解出来るよ、という無神経な理解幻想を日本人は持っている。だから、マイノリティの存在が理解出来ないし、彼等との対話が出来ないのだと言う。

 私は日常を生きる感性において、少々うるさい音でも我慢する方である。よほどの事がなければ注意はしない。たぶん人よりは注意するタイプだとは思うが。だから、この二人は私から見て変人だと思う。でも、私はこの二人の理屈はよくわかるし、正しいとさえ思う。むろん私は変人ではない(と信じている)。だからこの二人には近づきたくはない。何故ならこの二人は、ある意味では苦行者だからだ。特に中島義道氏は生活に日常と非日常の境目を作らないで生きている。こういう革命的な生き方は(本人はドンキホーテと言うが)、遠くから眺めている分にはいいが近づくと迷惑である。私はかつてかなり迷惑を掛けたほうだから、もうそういうのはいいやと思っている。

 私はイザベラバードが日本の田舎を旅して驚嘆した貧しいけれどもとても親切で心優しい日本人のふるまいは、日本人の「蠱惑的」な言語との接触の仕方に起因すると思っている。それは悪くはない。が、悪い所だってある。その悪いところとどう戦うのか。けっこうこれは難問である。西欧的な価値判断で切ってしまう、という戦い方が色褪せているからこそ、このような本が書かれなければならない、ということなのである。
 私は柳田国男論を書いたばかりなのだが、これは柳田国男の評価にもつながっていることだなと感じた。
                    夏めく日耳をふさいで目をつむる