自由恋愛2009/04/02 00:10

 今回の中国の調査は、去年と、日程も取材場所もほとんど同じである。前回、現地の人に頼んでおいた儀礼を取材するのが今回の調査の主なる目的である。24日に貴州省の貴陽に泊まり、次の25日に湖南省の鳳凰県に入る。午後さっそく、個人でやっている苗族の博物館を訪れ、儀礼の取材を開始。その博物館の館長さんが、儀礼の出来る宗教者を呼んで来てくれて、われわれが到着するのを待っていたのだ。

 その儀礼は天の神を呼び、家族の禍を払うというものだが、その中で、様々な呪文を唱え、豚を供物として供え、そして、創世神話を唱える。儀礼の中で唱えられる創世神話の調査は初めてである。というより、今まで、創世神話がきちんと儀礼の中で唱えられていることを取材し記録した調査はほとんどなかったのではないか。その意味ではわれわれの調査が初めてであり、それなりに期待を抱いた調査だった。

 この儀礼は本格的にやると5日はかかると言われた。われわれには2日間で行うという。1日目は、夕方5時から夜の11時まで。次の日は、朝6時から昼の11時までという。25日の夕方から儀礼が始まり、夜中にホテルに戻る。そして少しばかり寝ただけでまた儀礼の調査に向かう。いきなりハードな調査でさすがに疲れた。でも、この調査は疲れを補うに余りある成果があった。

 27日の午前・午後とも、苗族の村に入り、歌垣の調査。午前中に行った村では、女性達と歌の指導をする歌師が、菜の花畑を背にして掛け合い歌を歌ってくれた。とても気分のいいものであった。この地の苗族の人たちは、歌詞を歌師に教えてもらいながら歌う。男女が出会って歌うときは、前もってどういう内容の歌を歌うか歌師に聞いていて、それを歌うのである。

 その意味では、歌い手が創作しながら歌うというものではない。実は、歌というのは難しいテクニックが必要なので、こういうやり方は多くの人が歌うにはかなり合理的なやり方である。というのも、自分で歌詞を作らなくても異性と歌の掛け合いが出来、それで結婚に到るということである。つまり、歌手のような限られた人でなくても、音痴で無ければとりあえず誰でも歌えるからである。そのことで結婚も出来るということである。

 歌が歌えない者は、仲人を通して誰かを世話してもらうのだそうだ。日本で言うお見合いになる。自由恋愛は歌が歌えるものの特権である。

 むろん、仕入れておいた歌詞を歌うのだから、あまり長くは続けられない。でも、また会えばいいのであるから、何回かデートをして歌の掛け合いをして、結婚に至る。現代の25歳の若い娘さんも市で男と知りあい歌を掛けあって結婚したと聞いた。まだ歌垣は生きているのである。

                        菜の花や歌う女に心地よく

二つの恥ずかしさ2009/04/03 11:06

 久しぶりにいい天気になったので朝方散歩に出た。野川沿いの桜も見頃になってきた。わがマンションの桜も伐採したので少なめであるが満開である。それにしてもわがマンションの庭は自慢できるものである。様々な植物が植えてあり見ていて飽きない。今丁度二輪草が咲いている。朝方住人が蕗を摘んでいた。散歩していたら、山椒の樹もあった。やっぱり春はいい。マンションの住民の花見は今度の日曜である。天気が心配だが、我が家が花見の係りなので、日曜は大変である。庭にタープを張って、その下でバーベキューということになりそうだ。

 中国の調査の続き。27日の午後に、今度は別の苗族の村に行く。ここでは、歌師の夫婦がいて、つまり、歌の得意なもの同士が結婚したというわけだ。私より上の年寄りだが、二人が出会った時にどんな歌を歌ったのか、その時を思い出してお二人で歌を掛け合ってくれませんか、と頼んだ。断ると思ったが、引き受けてくれた。

 夫方はひとりで、奥さんの方はふたりの仲間と一緒に歌う。一度の掛け合いで二首ずつ歌う。それを四度繰り返した。最初は、男の方から女性に歌いかける。女性の持っているあめ玉を私にくれませんか、と歌う。女性は気に入ればあめ玉をあげるが、気に入らなければあげない。石を渡すこともある。男は、石をもらっても、めげてはいけない。この石は大地に戻ってあなたを支える、と言うようなことを歌って切り返す機智がないと相手に認めてもらえない。

 歌が終わったら次に会う約束をする。そして、二人は歌師に歌の歌詞を教えてもらい、次の機会にまた歌を掛け合う。ただこの二人もそうであったそうだ。歌の上手い友人と一緒に行けばその友人から歌を教えてもらえる。

 歌を掛け合ってもらった夫婦は歌を掛け合っているうちに、昔を思い出したのか、相手の手を握ったりし始めた。なかなかいい雰囲気になってきた。われわれに向けたサービスの意味もあるパフォーマンスであったろうが、場が華やいできたのは確かである。

 歌のデートは一人では行かないということだ。2、3人で行く、相手もそうだ。何故と聞くと、恥ずかしいからだと答えが返ってくる。ということは、ここの村の人たちは、結婚の約束にいたるまでどうも二人だけで会うことは無いようなのである。ところが、午前中の村での聞き書きでは、掛け合うときは一対一で、他の人に見られないところで小さなこえで歌うと答えている。何故か、と聞くと恥ずかしいからだ、と言う。

 村によって、歌の掛け合いのスタイルが違うのである。われわれのいくつかの村の調査から考えると、おそらくは二人だけではなくて、グルーブ同士で掛け合うのが一般的なようだ。

 ただ、興味深いのは、恥ずかしいということの中身だが、二つの恥ずかしさがあるということだ。二人だけで話すのは恥ずかしい、というのと、二人だけでないと恥ずかしいということである。この場合誰に対して恥ずかしいのかというと、二人だけだと恥ずかしいは、恋愛の相手に対してであり、ふたりでないと恥ずかしいといううのは第三者に対してである。その違いが二つの恥ずかしさの理由になっている。

 ただ、恋愛の相手と二人だけでいると恥ずかしいというのは、やはり、第三者の目が意識されていないわけではない。その意味では恥ずかしさの対象はおなじである。自分を守ろうとする制御の意識、つまり防衛本能がより強いのである。ふたりだけでいても、誰かに見られているかも知れないと思うから、防衛の姿勢を崩さない。

 恋愛の歌と恥ずかしさはセットのものである。万葉集でも噂を歌った歌が多いが、これも恥ずかしさとかかわる。その意味で、二つの恥ずかしさが確認できたのはとても興味深い事であった。

                        桜も咲く穏やかならぬ心ある

マンションの花見2009/04/06 23:25


 昨日はマンションの花見。丁度天気も良く桜の下の庭でバーベキューをしなからの花見となった。私もようやく体調が回復。ここのところ風邪を引いていて酒も飲めなかったが、花見では少しは飲めるようになった。

 昼から始まって暗くなるまで食べたり飲んだりでけっこう楽しかった。とにかく自分の家の前での花見なので、気が楽である。ここのマンションは30年前に有志が集まって作ったコーポラティブハウスだが、当時、有志はたくさんいたが意見が合わなかったり喧嘩したりして、最後は15人になった。それで15戸のマンションになったらしい。

 だいたい世代は私くらいか少し上の世代。団塊の世代でしかも30年前だから元気が良かった頃だ。住人同士もけっこうマンションの運営方法で激論になって何人かは出てったということだ。ちなみに、その15戸の中の6戸の職業は大学教授だったいう。マンションを作る時まだ更地の土地に、有志が集まる事務所を作ってそこを団結小屋と呼んでいたという。思わず笑ってしまった。

 花見ではこういう昔の話が聞けるので楽しい。今最初からいるのは2戸くらいだということだ。ちなみに大学教授は今は私ひとりらしい。でも、音楽家がいるし、翻訳家、版画家、工業デザイナーがいる。モデルのような奥さんとイケメンの夫婦がいるが、誰でも知っている音楽業界に勤めている。普段は顔を合わせないがこういう会で初めて顔を見る人もいる。こういう付き合いも悪くはない。

 お蔭で、夕方私の昔の仲間との花見に行く予定だったが、ドタキャンした。まだ疲れが残っていて、とてもじゃないが花見の掛け持ちは出来そうにもなかった。

 暖かくなって体調も少し戻る。成城学園前から真っ直ぐ続く桜並木も満開である。遠回りだが、この桜並木の下を通って駅まで歩く。さすがに花見をしながらだとあっという間に駅に着く。

 学校では、今、新入生のオリエンテーションの最中で、新入生に履修の仕方をレクチャー中。学校近くには、千鳥ヶ淵の桜も、皇居の桜も満開である。残念ながらそっちはまだ見ていない。通勤経路からちょっと外れているので、まだそっちに行くほどの元気はない。

 そろそろ原稿を書き始めないと、とプレッシャーがかかり始めた。中国から帰ってから鼻風邪と体のだるさで本も読めない日が続いた。疲れで風邪を引いたのか、花粉症(私は花粉症になったことはない)かわからないでいたが、今日は別に何ともないのでどうやら花粉症ではないようだ。やはり疲れが出たようである。

 帰りに、成城学園駅前のパン屋で、桜餅ならぬ桜あんパンを買う。季節のものだが、なかなかおいしい。ちなみに、このパン屋の、「おこりんぼう」と「あまえんぼう」というパンは、ネーミングが面白いのだが、フランスパンの中に餡がはいったものと、カレーが入ったものとで、なかなか美味しい。「おこりんぼう」もついでに買い求めた。
                        
                        桜の樹の下すべてが覆われてる

忙しい一日2009/04/12 00:59

 今日(11日)は実に忙しい日であった。まず古代の学会のシンポジウムが私の勤め先の学校で開かれた。この手配は私がした。看板を書き、案内状も書いた。また、同時刻に、これも私が代表を務める別の学会の大会案内や機関誌の発送作業があった。この準備の大部分もわたしがした。両方の作業を掛け持ちしながら飛び回っていたが、1時半から会議が入っていたので、会議にも出席。

 この会議は、学生の履修登録が終わり、全学の授業で受講人数が少ない僅少科目と言われる授業の一覧が出され、学部長や学科長が、その授業を閉講にするかどうか決めるという会議であった。原則として10人以下の授業は事情がない限り閉講にするという方針がある。が、10人以下であろうと、カリキュラムにある以上、開講すべきだという意見も当然出る。その授業が無くなると困る学生も当然いる。そういういろんな事情を勘案しながら、閉講にするしないの判断をする会議で、実に4時過ぎまでやっていた。シンポジウムにも出られず、発送作業もあまり手伝えずで、 私はへとへとに疲れた。閉講への圧力に抗する事が出来ず、結局二つの授業の閉講を認めざるを得なかった。

 発送作業が終わり、近くのイタメシ屋で飲み会となった。古代のシンポジウムをやっていた連中も同じイタメシ屋で飲み会をやっていて、飲み会の後に彼等と合流。久しぶりにけっこう遅くまで酒を飲んだり話をしていた。かなり久しぶりに会った人もいて、私を見てかなり老けたなあと驚かれた。よく会っている連中には、体は大丈夫か、いつ倒れるか心配だ、と本気に言われた。どうも、最近の私はそのように見えるらしい。自分でもそう思わないこともなかったが、人から言われるとやっぱりなあと納得。

 身体の手入れをして丈夫でいないと良い研究は出来ないが、身体を気にしていても良い研究は出来ない。夢中になれば身体のことなどどうでもよくなる。そういうものである。老けるということは、たぶんに身体のことなどどうでもいいくらいに何かに夢中になれなくなることで、今の私がそうだということだろう。悲しいことだが当たっていないこともない。

 が、今何かに夢中になって身体のことなどどうでもいいと言いだしたら、確実に私は倒れる。その意味でいえば、まだそういうものに出くわしていないのは幸いな事なのかもしれない。研究者としては幸いでないが。

 今年の機関誌『アジア民族文化研究8号』も分厚い。分厚くなるだけの活動をしてきた成果である。この学会発足から9年目になる。ささやかな集まりの学会ではあるが、それなりに成長してきた。途中でよく潰れなかった。ここまできたことに感謝である。

                         歩いても歩いても桜の樹がある

白鷺の舞2009/04/13 00:18


 今日は午前中川越の家に。一年空き家になっているのだが、知りあいに安く貸すことにした。そのためには最低限のリフォームも必要なので、これも知りあいに頼んだ。外国人で日本で働いているひとだが、いい人でとても安くしかも丁寧に仕事をしてくれる。最近景気が悪く仕事がなくて大変だという話を聞いた。私などは、この人に仕事をして少しは生活の足しにしてほしくて仕事を頼んだのだが、あまりに安く引き受けてくれるので、逆にいいんだろうかと心配になる。

 午後浅草へ。浅草の雷門の前のジャズハウスで、福島泰樹の出版記念パーティを兼ねた短歌絶叫ライブがあるので、顔を出す。一応私も発起人のひとりになっているので。早くついたので、浅草寺に詣でたが、さすがに凄い人であった。白鷺の舞という踊りが境内であり、それを見ることの出来たことがよかった。白鷺は稲作の豊作の象徴。白鷺の格好をした舞は全国にある。

 福島泰樹のライブはいつものようになかなか盛況だった。浅草ということで、地元なので彼の寺の檀家の人たちも来ていて、福島さんのことを和尚さんといいながら挨拶していたのは面白かった。私が中締めをやらされて困ってしまった。こういうのはいつも苦手である。

 歌の力という話を少しした。歌の力というのは、二つの異なった世界をつなぐ力だ。この世とあの世とか、男と女とか。むろん、言葉が同じで無ければ難しいが、それがクリア出来れば凄い力を発揮する。福島さんはいつも亡くなった人のことを歌うがそれは歌の力を信じているからだ、というようなことをかいつまんで話した。

 帰ったら、西條勉さんと寺川真知夫さんから著書が届く。西條さんの本は『アジアのなかの和歌の誕生』というタイトルで、和歌を全く新しい方法論で捉える、と帯にある。本には私のことも少しばかり出てくる。光栄の至りである。私もそろそろ本にまとめなくてはとせかされる思いである。

 帰りは銀座線で浅草から渋谷へ。始発から終点まで乗ったわけだ。本でも読もうとしたが眠ってしまった。居眠りするにはいい季節である。夜NHKで、アマゾンの原住民ヤマノミ族の番組を見る。ナレーションが田中泯。最初から不思議な雰囲気のドキュメンタリーである。赤ん坊の間引きから番組は始まる。その年に生まれた子供の半分は、精霊として天に帰される、ということらしい。

 異文化的な視点ではなく、彼等の精神世界に入り込もうという試みを強く感じた。その意味でなかなかいい番組だったと思う。シャーマニズムも見ることができた。彼等もまた近代化の波に呑まれようとしていることもわかる。アマゾンの奥地に住む彼等ですら国家はほうっておかない。もう世界には世界と没交渉の民族はいないだろうと思わされる。

                     花曇り死者に向かって歌うひと

自己紹介2009/04/15 23:57

 いよいよ授業開始。私は学科長のためコマ数は少ないのだが、それでもやはり最初は緊張する。今日は基礎ゼミ。このゼミのテキストはほとんど私が作ったので、さてさてうまくいくかどうか、これも不安だ。

 まず最初は自己紹介。34名もいるのでどんな風に自己紹介させるか、いろいろ考えた。それで、まず、質問項目の書いた用紙を配り、その質問に答えを記述させたのちに、それを基に自己紹介させることにした。例えば「今住んでいるところ」「こだわっているのは何?」「自分の何を知って欲しい?」「悩んでいることは?」「10年後の自分を語ってください」「好きな言葉は?」といったことである。

 ひとり2、3分の自己紹介だったが、なかなかうまくいった。悩んでいることは、酒に弱いと答えた学生がいて、おいおい二十前で酒はまずいだろうと言ったら、二十三歳だという。社会人もいて、なかなか面白い。

 興味深かったのは10年後の自分。結婚していて子どもが二人いる幸せな家庭を持っている、という答えがとても多かった。つまり、今、若い子たちはこのような家族を作る事がある意味ではとても幸せなことだと思っているということである。逆に言えば、そういう家族を作ることがとても困難になっている、ということでもある。いい男を見つけて、結婚して、子どもを作る(専業主婦になる)ことが、実は一番難しい。今、幸せな専業主婦になれるのは、高学歴でなくては無理だと言われている。そこまではみな望んではいないだろうが、つまり、今の自分と両親との家族を、自分も作りたいと思っているのだろうが、それが案外に難しくなってきているのだ。でも、この子たちは、きっと夢を叶えるのではないか、と聞きながらそう思えた。

 中には声優や女優をになっている、というのもあった。そういう自己紹介をみんな真剣に聴いていた。この自己紹介まずは成功した。

 今度勉誠社から出すことになる季刊『月光』の時評原稿を脱稿。15枚ほどだが何とか書き上げ送る。これは年四回ほどの連載である。それ以外に歌誌月光の連載時評もある。これは隔月。勉誠社のものは「自らのマイナスを語る神話」と題する文章を書く。これは中国の少数民族の創世神話の中に、自分たちが劣っているからここに住んで貧しい生活をしている、と語られている部分があり、それを「自らのマイナスを語る神話」と名付けたのだが、これについては工藤隆も論じている。

 私のテーマは「他所からの文化論」というもので、長年少数民族調査をしてきたので、そこから日本を見つめて、見えて来たことを書くつもり。連載なので、まとまればおもしろくなるかなと思う。

 今日奥さんは山小屋へ。私は仕事。私は週末電車で行くつもりである。

                           新入生少し黙りて夢語る

週末は論文のことなど考える2009/04/20 09:35

 この週末は山小屋で過ごす。柳田国男の『先祖の話』についての論を書き始めようと考えたが、そうはいかなかった。理由は、天気もいいし難しい事を考えて過ごすにはもったいないという気持ちになってしまった事があるが、考えていくうちにまだ資料不足であるとだんだんと分かってきたこともある。

 最近はインターネットで資料を探せるので便利がいい。戦死者の慰霊の問題については資料が多く、とても全部は見られない。『慰霊と顕彰の間 近現代日本人の戦死者観をめぐって』をインターネットで注文したら、次の日にすぐ送ってきた。ここに出ている西村明の「シズメ」と「フルイ」の視点から、という論に興味が惹かれたのでついでにこれも注文した。これからを書くというのに、まだ資料を当たっている。泥縄式だが、仕方がない。ただ、どこかで思い切って書き出さないと何時になっても書けないのは確かだ。

 結局、『先祖の話』の問題はふたつある。ひとつは、先祖信仰を日本人の固有信仰としとして、しかも、日本人のアイデンティティの問題としてまとめたのだが、その有効性の問題、もうひとつは、戦死者の鎮魂として、つまり戦争で死んだものたちの魂の救済をめざしたものだが、その有効性の問題、ということになる。

 ただ、それらの論点はすでにたくさん論じられていて、批判的にではあるがすでにほぼ結論は出ている。それなら論を書く意味は何処にあるかというと、結局、死者をめぐる文化の固有性と普遍性の問題に行き着く。特に、戦死者という国家が直接からむ死者の扱いは、その民族の一人一人の生活者レベルでの心の問題が、いきなり国家と対峙する。アニミズム的な国家成立以前の死者観を引きずっている日本人が、いきなり、国家が関与する戦死者をどう扱うのか、という問題に直面するということでもある。そこに戸惑いがないはずがなくその戸惑いを、柳田はある意味では、自分の民俗学で解決しようとしたとも言える。

 が、それで解決が出来るほどこの問題は簡単ではない。結局この問題は靖国問題として戦後の日本人の重荷になった。ここいらあたりの問題の所在を、とりあえずクリアにしておくことが、私の論の目指すところだということになろうか。うまく行けばいいのだが。

 山では山桜が咲き始めていて、そこに辛夷の花が際だって白い花を輝かしている。今、山里は、桜と辛夷とで、とてもきれいだ。ところどころ芽吹き初めているが、新緑はまだまだである。わがマンションの庭の緑はすっかり新緑になった。樹々の向こうの家がもう見えなくなった。

 三年前の卒業生から今度みんなで集まって食事するので出席してくれないかというメールが入る。喜んでと返事を書いた。論文が書けないので気分かが重いが、このメールで 少し気分が晴れやかになった。

                       あれは辛夷山ではいつも先に咲く

春の一日2009/04/25 00:14

 昨夜は原稿を書いていて久しぶりに夜3時まで起きていた。さすがに今日は眠い。この歳になるとこういう仕事の仕方は無理だなと感じる。今日は出校せず。午前中は、川越の家に行き内装などの仕上がり具合を見る。壁紙などとてもよく貼ってあって、これならもう一度住んでもいいねなどと奥さんと話をする。

 知りあいのK君が借りたいということなので貸すことにした。相場からすると格安の家賃である。彼はまだ研究者の卵だから、家賃の滞納は許すが、論文を書かないのは許さないよと言ってある。こういう家主の家を借りるのは、いくら家賃が安いと言ってもわたしならごめんである。

 昼家に戻る。府中の税務署に電話し、税金の督促状が来た理由を問いただす。毎年確定申告しているが、税金は銀行口座から引き落としにしている。それなのに今年突然督促状がきた。引っ越しはしたが口座を変えたわけではない。それに納税通知も来ていない。いきなり督促状はないだろう。調べてもらったら、管轄の税務署が変わると銀行との口座振替は再度やり直さなくてはいけないということ。昨年転居したのだが、転居の際の手続きを怠った税務署のミスで、申し訳ありませんと先方が電話口で謝ったので、一件落着。

 次に近くの諫山医院に薬をもらいに行く。昼間このあたりを歩くとほとんど年寄りしかいない。まあ私もそんなものだが。病院に入るとやっぱり年寄りばかり。この委員長先生も年寄りだ。

 草彅剛が酔っぱらって全裸になり公然わいせつで逮捕された事件で世間(テレビ)は大騒ぎだ。しかし、酒を飲んで羽目を外したくらいで自宅の家宅捜査までやるだろうか。薬物中毒を疑ったらしいのだが、それでも確たる証拠がなければそこまではしないだろう。そういうことはないだろうが、それにしても最近、公権力は権力を行使しすぎである。その暴走を止めるシステムが日本では機能していない。ゆゆしきことである。

 ただ、やはりあそこまで羽目を外すのは普通ではない。たぶん性格だろうが、外的自己と内的自己との距離が限界値を超えたということだろう。真面目でよい子タイプに多い。わたしもそう見られることがある。ただ、自分はそんなに真面目でもないし、そう見てくれない人もいるので、そんなに自分を抑圧はしていない。我を失うほど酒にも強くない。私が全裸で叫び出すというのはなさそうである。
   
 原稿はなかなかすすまず。こういうストレスはとにかくいつもある。ただ、こればかりは書き上げるという以外に発散のしようがない。

                       春になってここぞとばかり狂いたり

気分良く酒を飲む2009/04/27 23:59

 25日(土曜日)地方出身学生との懇談会があった。これで3年目である。地方出身の学生はたぶん初めてのひとり暮らしだろうし、まだ友達も出来てないだろうから、そういう学生を集めてケーキでも食べながら雑談をすれば、少しは気も晴れるのではないかと、私の発案で始めたのであるが、1年目はほとんど集まらなかった。期日が5月ということもあって、土曜日はみんな予定が入っていて、けこう友達も出来ていたということもある。それで、4月の連休前にしたのだが、今年は9名が集まった。

 まあまあという人数だが、今年は本当に遠くから来た学生は少ない。青森からがひとり、新潟からひとり、長野からがひとりで、後は栃木、埼玉、千葉である。浅草というのがいたが、これは地方出身ではなく、地方出身の友達と一緒に来た。けっこう盛り上がったのでまずは成功というところだ。

 話を聞くとやはり通学の時の満員電車がつらいと言う。確かに此ばかりはアドバイスはあげられない。私など、それに乗りたくないから一限目に授業を入れてないので、アドバイス出来る立場ではない。寂しいという感想も出たが、初めてのひとり暮らしなのだから当然だ。実は、私もこれにはアドバイス出来る立場にはない。私は、ひとり暮らしをしていた時期は実は余り長くはない。地方から出てきてすぐ学生運動していたから、だいたいいつもだれかと一緒に寝起きしていて、ほんとに独りで生活していた期間は短かったのではないか。逆に考えれば、独りで生活するのが辛かったから、学生運動に入ったのかも知れない。全くないとは言えない気がする。

 土曜の夕方に3年前の卒業生達が尋ねてくる。これからかつての同級生と飲み会だということで、私も誘われている。雨が降っていたが、水道橋近くの居酒屋に行く。最初は5人だったが、結局7人集まった。この学年は、ゼミで一緒に遠野に連れて行ったり、学園祭で「遠野物語パネル展」を開いたりといろんなイベントをした学年で、私が学科長になる前に教えたものたちだからとても印象深い。

 さすがにみんな大人になったー、という感じで、一瞬誰が誰だか分からなかったが、だんだん蘇ってきて、ほとんど時間が3年前に戻ってしまった。結婚したばかりのものもいればこれから結婚するというのもいる。転職したものもいる。いろいろあるだろうが、みんな逞しく生きているというオーラが漂っていて、元気づけられた。久しぶりにビールを2杯飲めた。だいたいいつも一杯が限界なのだが、気分がいいので二杯までいけた。これ以上は、裸になって叫ぶ危険があるからと言ってセーブした。

 ところで草彅君の事件は考えてみると不思議だ。国民の90%以上が草薙君に同情的だと言うアンケート結果が出ている。悪態をついた大臣はこてんぱんに攻撃されたし、テレビでのコメンテーターもみんな草薙君をかばう。それなのに何故自粛するのだろう。それがわからん。

 自粛とは謹慎であって、世間の厳しい視線をひたすら避けてほとぼりが冷めるまでじっとしているという行為だ。が、最初から世間は誰も厳しい目を向けていないのである。法律を犯したというが、あの程度なら若者は何時でもやっている。これはどうもいつもの儀礼の手順であって、手順である以上おかしと思っても変えられないということのようだ。

 家宅捜査が入ってよかった、これで後から薬物疑惑がでてこなくて済む、という弁護士の発言には、やはりこういうプロは先を読んでいるなあと納得。草薙君を過剰に自粛させるのは、逆に、草薙君からケガレを祓い、さらに同情を集めて今まで以上に売り出す、というプロダクションの戦略なのかも知れない。草薙君が記者会見で、これから酒は飲みますか、という質問に、しばらくの沈黙の後、大人に成長しておいしいお酒が飲めたらいいと答えたのは、スマップのメンバーがお酒のコマーシャルにでていることを考慮した発言という解説があり、この世界みんなたいへんなのだと変に納得した。
 
                          気分良く酒を飲めたね春深し