卒ゼミ打ち上げ2009/02/03 00:03


 二年生の「文学とことばのセミナー」の卒業レポート集が完成し、今日学生に配る。一人8000字以上のレポートを課し、ほぼ全員提出し、それを印刷し製本して皆に配った。製本といっても東急ハンズで買ってきた製本キットを使った手作りのものであるが。17名の卒業論文とも言えるレポート集でさすがに分厚い。学生達も満足げな顔をしていた。やっぱり、これを作る事がこの授業の目標と言ってきたので、その目標が達成されたというわけである。が、目標が達成されればもう終わりなので、何となく寂しさが残る。

 夕方から近くのイタメシ屋で卒業リポート完成の祝いも兼ねて打ち上げのクラス会。学生達は今日で試験も終わり、後は卒業するだけ。学校にはもうほとんど来ない。こういう最後の日にみんなでわいわい食事でもして騒ぐのは、楽しい。打ち上げというのは今まで努力してきた事が終わってしまう寂しさを紛らすイベントなのだ。

 このセミナーのテーマは「異界」。難しそうだが、要するに異界に関わるものなら何でもいい。宮崎駿のアニメでも宮澤賢治でも遠野物語でも、テーマの幅は広い。だが、それだけ何をやっていいか悩むということになり、なかなかテーマが決まらない学生もいて、こちらもはらはらした。でも何とかみんな書き上げてこちらも安堵した。

 こういう場では学生は授業で見せない表情を見せる。あれこいつこんなに元気な奴だったんだ、と気付かされる。まあ、学生のほうも先生ってこういう人だったんだ、と思っているだろうが。やっぱりこういう気づき合いは最後の方がいいかもしれない。途中で分かると、私の権威というのも怪しくなる(もともと権威などないが)。

 短大生を2年で送り出すのは早いなあと感じる。が、時間の短い方が、時間は輝くと言うこともある。4年を2年に凝縮したと思えばいい。わたしなど逆で、毎年おなじ事を繰り返しているから、1年を10年に引き延ばしているという感じだ。ただ、それなりにやることがあると時間は凝縮できる。ただかなり意志的にやらないと凝縮できない。そこが辛いところだ。若さとはこの凝縮された時間を特権的に持てるということだ。だからそれだけで輝けるのだが、その特権を無駄にしないで欲しいと願わずにはいられない。教師として。

寒明けやティラミス食べて騒ぎけり