年賀状を書く2007/12/30 01:29

 今年は何本の論文を書いたろうか。思い出せないくらい書いた気がする。8本は書いたのではないか。原稿用紙にして、300枚ぐらい書いていると思う、恐らく、こんな年ははじめてである。

 どうして今年にこんなに集中したのかわからないが、めぐりあわせというのが一番当たっているだろう。それにしてもよくこの一年乗り切ったものである。われながら感心する。学科長としての仕事も忙しかった。半端ではなかった。学科長の仕事はあと2年続く。どうなることか。

 昨日から6冊の歌集を読み、感想を一言したためて礼状をはがきに書いて出した。そして、いよいよ年賀状の印刷である。写真はことしの春日若宮おん祭の湯立てを使うことにした。枚数は100枚を越える。何でこんなに多いのか。毎年大変なのだが、年賀状でしかあえない人もいる。特に教え子達からは、年賀状で、結婚したとか、子どもが生まれたとか、子どもが大きくなったとかの知らせが来る。そういう知らせを失うのは寂しい。というわけで私の年賀状の枚数は少しも減らないのである。

 今年の政治への感想。安倍政権が倒れて福田政権になって、世の中少しは良くなったのではないか。アメリカもそうだが、ナショナリズムやキリスト教の教条主義による政治のもつうさんくささが見えるようになったことは、今年の収穫だったろう。小泉以来の民営化論議や競争原理導入は大筋では正しいにしても、一部の特権的な利益享受層を安定させ、多くの中流層を解体する結果になったことは、結局、民営化による利益の再分配システムそのものが格差を生む体質にあることを露呈した。この再分配システムを変革しない限り、いくら民営化を推進し競争させても、膨大なワーキングプアを生むだけだ。このことも見えてきたことではなかったか。

 公的な存在であろうとすることは、競争原理のただ中にあることから身を離すことである。世の中をよくしたいとか、人のために働きたいという者は、競争原理で人に勝ち抜くことに懸命にはならない。最近の保守主義は、競争原理と公的な意識とを接合させようといろいろ無理なことをやってきた。ナショナリズムを権威化したのもそうである。が、それは最初から無理だったのだ。競争原理を徹底させる市場原理の持つ過酷さに、ナショナリズムの如き理念が太刀打ち出来るはずがない。ナショナリズムそのものであった国の防衛のトップが競争原理の罠にはまって、身を破滅させたことがそのことをよくあらわしている。

 中国政府だって、今、マルクス主義では競争原理の持つ毒に太刀打ち出来なくて儒教を再興しようとしているのである。

 ここ数年、私は、競争原理のただ中でどう勝ち抜くかばかり考えてきた。そうしなければ、私の勤め先は潰れかねなかったからである。そうであるからなのか、公的な存在たろうとする意識や思想をあまり持たなかった。むしろ、私は、競争原理に勝ち抜くことは、少なくとも私の職場のものたちのためになることであって、それで充分ではないかと思ってきた。むろん、どんな仕事であれ、つまり利益追求の仕事であれ、そこに大勢の人間の生活がある限りは、人のために生きたり、ささやかな範囲ではあるが世の中のために生きることは出来る。それでいいのではないかと思ってきたし今でもそう思っている。

 つまり、ことさら、公的な存在たろうとすることに過剰な価値を置くことは余計なことだということだ。むしろ、競争原理を相対化するのは、その競争原理のなかで利益追求でない生き方を実践しているたくさんの人たちの懸命な生き方なのだということである。ナショナリズムや儒教といった、外側の理念を持ち込んでどうにかなるという問題ではない。

 福田首相のいいところはそういう理念を声高に言いそうにないところである。

       餅を搗く家族のように声笑う