生物の違和感2007/12/13 23:10

 今日、教授会で学科長の選挙があり、私が再選された。任期はあと2年である。まあだいたい普通再任なので覚悟はしていた。奥さんには、あと2年やったら命はないよ、と言われたが、こればかりは仕方がない。自分の意志でどうこう出来る問題ではない。

 年末に入って、雑務が押し寄せてきて、原稿を書くどころの話ではない。授業のほうもいよいよ大詰めになってきて、まとめにかかってきたので力が入る。ただ、時間がないので、準備不足であることが悔しい。

 人事がここのところ動いていて、来年度の新任の教員が決まり始めている。E君もそうだが、私の学科でも、一人来ていただくことになった。ただ、本採用ではなく、嘱託教員であることが残念であるが、とりあえず5年は働いていただける。まだ決まったわけではないが、源氏物語の研究者をお一人候補者として決定した。業績もありとてもいい人なのでまず採用は間違いないと思う。

 私は演習の授業では、各自に、一定の書式に応じてワープロで打ったレポートを提出させ、それを印刷し、レポート集として冊子にしてみんなに配るという方法をとっている。こうすると、レポートの出来不出来はみんなにわかるから、手を抜けなくなる。そこで何人かは添削してくれと言ってくる。喜んで引き受ける。

 今日お昼に一人添削をした。とても優秀な学生だが、ただ、いろんなことを詰め込みすぎて混乱している。あれもこれもとつい書きたくなってしまうのだ。昔の私の論もそうだった。頭に浮かんだことを書くことにせいいっぱいで、読む側のことをあんまり考えないのだ。

 その学生は、「境」つまり境界がテーマで、生物が感じる違和感こそが境を生むという事を論じているのだが、その生物は動物をも含むとして最初から論じているので、私は、まず、違和感というのは人間が本来持つものであって、動物レベルまで広げて違和感というものがあると論じると、読み手は戸惑うだけだから、まず、人間という存在が感じ取る違和感が異界という幻想を持つのであって、だから境という幻想もそこに成立する、と論じ、そのうえで、実は、その違和感というのは、動物というレベルの生物にもあるものなのではないか、と、述べて論を締めくくればいい、とアドバイスをした。

 ところが、学生は、何故、違和感は人間だけのものなのかそれが分からないと答える。実は、昼休みの忙しい中での添削だったが、ここでの違和感というのは、異界とか神の世界という幻想に結びつくものなのだから、やはり人間がとらわれるものなのだ。人間は過去や未来の時間を持つ。そのような時間の幅の中で、過去や未来の自分を幻想する。だから、悲しみを何時までも引きずり、未来の自分を考える。死後の世界を考えるのもそういう時間の思考があるからだ。

 動物は基本的に現在しかない。だから違和感があっても、それは現在という時間のなかで処理されてしまう。神のような何かを感じることがあっても、それは現在の問題であって、その現在が過ぎればすぐに忘れてしまうというわけだ。

 だから、人間の違和感こそが、死後の世界や異界を、現在が過ぎても頭の中に幻想させるのだ。ということを説明したが、本人はわかったと言う。頭の良い学生だからきっとわかったと思う。ただ、動物だから、異界や神を幻想していないなんて断定するのは人間の側の勝手な思い込みかも知れない。たとえ現在だけであったにしろ、動物の感覚は、人間には推しはかれない世界を感じ取っているかもしれないし、それを人間にはわからない方法で表現しているのかもしれない。そう考えればこの学生の考えも間違っているとは言えない。だから君の言っていることはおかしいとは、言ってはいけないのだ。ただ、このやり方ではそれは人には伝わらないよ、としか言えないのである。もどかしいが、文章を書いて人に理解してもらうということは、いったん、人間の側の秩序に降りることなのである。
 おかげで昼を食べそこなった。

       竃猫異界に居るや神々し

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