タマゴダケ2007/10/01 23:46

 山小屋の敷地内で茸を収穫した。それも真っ赤な派手な茸でこんなもの毒に決まっているわいと思っていたが、トンでもない、料亭で出されるようなタマゴダケという茸なんだそうだ。茸に詳しい近所の人が見つけて、収穫となった。

 最初、半信半疑だった私は、図鑑で調べたが確かにタマゴダケである。ベニダケという毒茸と似ているが、斑点がないし茎の色が違う。その晩は川越に戻り茸汁となったが、それでも、警戒感を持ちつつ食べてみたが、確かに美味しい。料亭で出されるというのも頷ける。それにしても、何でこんなに派手な色なのだ。いかにも毒だと言っている色である。たぶん、そうやって取られないように生き延びようとしてるのかもしれない。でも図鑑に載ってしまっている以上、もうだめだ。タマゴダケよ、君たちは、戦略を変えないと食べられちまうぞ。

 ここのところ、学会の発送の準備で忙しい。まず、封筒の印刷がある。古いインクジェットのプリンターで、会員発送用の長3型封筒に、アジア民族文化学会の住所と、別納郵便のマークを印刷する。マークはパソコンで作ったものである。それから、ポスター用の角4型封筒にもやはり印刷をする。合計400枚印刷をして、学校の研究室に宅配で送った。印刷所に頼むと金がかかるので、私のパソコンでいつも印刷をするのである。

 今日(月)は出校。自己開発トレーニングの授業。今日は他己紹介である。二人一組でペアになり、それぞれに質問をして、相手のイメージを作り、相手になりきって皆の前で自己紹介をするというものである。

 やってみたが、あまり上手くいかなかった。それぞれの質問が、ややありきたりで内面にあまり踏み込まないためである。むろん、中には、生まれ変わったら何になりたいとか、面白い質問を介した紹介もあったが、なかなか他己紹介は難しい。ただ、ねらいは、コミュニケーションを通して相手を知るというプロセスの体験であるので、それはそれで授業の目的は果たしたのではないか。

 今週末に学会大会の発送をしなければならないので、たぶん、今週は目も回るほどの忙しさになるだろう。論文を書かなきゃならないのだが、どうなることやら。

      茸狩りや出会うきのこのしたたかさ

なんのために本を読む2007/10/05 01:25

 今週はさすがに睡眠時間が少ない。毎日会議でけっこう帰宅時間が遅くなり、夜は、アジア民族文化学会の発送の準備で時間が潰れる。それに、とりあえずは論文のための資料も目を通すなどやることはたくさんある。

 今日は、前期千字エッセイコンテストの表彰式。表彰状も、私が池袋の東急ハンズで買ってきて、パソコンでそれらしく印刷して揃えた。東急ハンズで買うのは、そこにしか、パソコンで作れてしかも見栄えのいいのがないからである。

 読書室だよりも、少しは充実してきた。興味のある人は以下のアドレスへ。 http://www.kyoritsu-wu.ac.jp/bunka/dokusyo/index.html
が、まだ工事中でこの充実も課題である。読書室委員の集まりも悪く、少しいい企画を考えないといけないか。推薦図書をもうちょつと充実しようという話になった。何かいい本ないかと聞いたが、前期でだいたい出てしまったので、なかなか出てこない。

 携帯小説の「恋空」とか、「紀香魂」はというのもでた。さすがに流行のものには敏感だ。ただ、一応推薦図書で、読書レポートを課すんだからなあ、「紀香魂」読んでどんなレポート書くんだろうか。優良図書ばかりでも面白くないけど、ただ話題性というだけの本もなあ、ということで、保留にした。

 それにしても今の時代、本を読むとはどういうことなんだろうか。私の若いときは、強迫観念のように本を読んだ。必ず文庫本を持って外に出た。たぶん、本に対する「餓え」のようなものがあったのだろうと思う。今の学生を見ていると、知識に飢えている様子はないし、むしろ、溢れる情報のなかを巧みに泳ぐ身のこなしが、羨ましいほどである。

 私などは、本をたくさん読めば、今の自分ではない何者かになれるような期待があったのは確かだ。今決定的にないのはそういう期待だろう。何者かになるためには、情報やノウハウの詰まった実用書を読むという時代なのである。そういうのは本でなくても手に入れることが出来る。そしてその「何者」なるものも、理想的でよくわからない茫漠としたものではないのだ。

 こういう時代に、本を読ませるという運動を試みるのは、けっこう困難なのかも知れない。あまり上昇志向や啓蒙的な読書ではなく、とりあえず、本というものが目の前にあって、それを手にとって読む時間を少しでも持つ習慣を作ること。そのためなら「紀香魂」でもいいではないか、という気になる。というわけで「紀香魂」買って読まなきゃならん。

        稲雀何を思うて腹満たす
        
        女子たちよ読書せんとや秋高し

発送を終える2007/10/07 00:45

午前中に出校。アジア民族文化学会の発送を何とか終えた。ホッとした。昨夜も5時間しか寝ていない。とにかく、印刷物や、封筒の準備等、夜遅くまでかかってしまった。会員はだんだん減ってきてはいるが200名弱。ポスターの送付や、新入会員募集の封筒を含め600通の封筒を用意し、印刷物を入れて、今日何とか発送したというわけだ。

 さすがに郵便代が馬鹿にならない。6万円近くかかる。会員も毎年減っていて、何とか増やさないといけない。そうしないと赤字である。機関誌も発行できなくなる。封筒の印刷を私が自宅のパソコンでやるのは経費を浮かすためである。当初はポスターも印刷していたが、やはり、印刷所に頼まないと大判で見栄えの良いのは出来ないので、これだけは頼むことにした。

 今日は手伝いにK氏と大学院生の3人が来てくれた。大学院生は、ともに中国に留学したり少数民族文化の調査をしている。二人はK氏の教え子である。彼等も逞しくなった。久しぶりに彼等とも会え、今日はとても楽しかった。終わってから神保町のビアホールのランチョンでランチを食べた。メンチカツコロッケのランチで、かなり大きい。コレステロールを気にしている身としてこういう揚げ物を食べるのは久しぶりである。そのせいか美味しかった。ただ、かなり胃にもたれたが。

 せっかくランチョンに来たのだからと生ビールをグラス一杯だけ飲んだが、さすがに、疲れていて、ふらふらとしてきた。帰りの電車でほとんど爆睡。川越に着いたら元気になり、本屋によって読書室におく本を物色。少しは社会的な問題を扱っている本も揃えたいと思ってはいるのだが、捜すとなると大変である。

 久しぶりに早く家に帰ったので、といっても6時半だが、チビの散歩をする。

      犬も吾も案山子の前を足早に

墓参り2007/10/08 00:08

 今日は墓参りで宇都宮に帰郷。墓を掃除していたら、チビがさかんに吼える。後ろにある墓石の隙間から蛇が身体の半分ほど出してこちらをじっと見ている。不思議な光景だった。蛇はすぐにいなくなったが、「遠野物語」ではこういうときは何かの前兆として語られる。何の前兆なのだろうか。

 私の父は養父だが、貧しいながら私と弟の二人の子どもを育てた。酒飲みで、私の子どもの頃は、父にはなつかず喧嘩ばかりしていた。今考えれば可哀相だったと思う。晩年親孝行を少しはしようかと思った頃に脳梗塞で亡くなった。亡くなってからもう26年経つ。月日の経つのは早いものである。

 われわれの子ども時代は貧乏が当たり前の時代だった。親の世代は戦中派で、戦後の混乱期に生きるのがせいいっぱいで、けっこう身を持ち崩した者も多かった。私の両親も、実父が酒と競馬で身を持ち崩し、離婚。母親が私たちを育てたが、同じ境遇の家族はおそらくたくさんいただろう。左官屋の職人と母は再婚したが、生活は相変わらず貧乏だった。

 家が貧しく、父親がペンキ職人で酒乱だった北野武の子ども時代の話は、とてもよくわかる。父については同じである。ただ、私の母は、北野武の母親ほど教育熱心でもなかったし、母親も働いていたということもあって、私は勉強はあまり出来なかった。今は研究者みたいなことをやっているが、勉強が出来る、とはいまだ思っていない。

 北野武の弟子で宮崎県知事のそのまんま東の生い立ちをテレビで見てたら、これもうちとよく似ていた。彼の父親は養父で、実父の方はいろいろ事業に手をだして失敗し最後は悲惨な死に方をしたという。私の実父も似たようなものだったらしい。脳溢血で倒れて亡くなったらしいのだが、死後一週間経って見つかったという話を聞いた。

 実父と母親は満州からの引き揚げ者で、最初の子どもは満州から引き上げてくる際に亡くなったという。もし、私がもっと早く生まれていたら、残留孤児になった可能性もある。われわれの親の世代は、まさに時代の激動を生き抜いてきたたくましい世代だが、けっこう悲惨だった世代でもある。その世代が世界一の長寿国のお年寄りとして今元気でいるのは良いことだと思う。もう八十を過ぎて年老いた母親を見ると本当にそう思う。

 母は、近所から猫屋敷のばあさんと呼ばれているらしく、家に10匹近くの猫がいる。ボランティアで野良猫の避妊や餌などを与え、棄てられた犬や猫の引取先を捜すことを今は生き甲斐にしている。母親と一緒に暮らしている弟と、私は、頼むからこの猫たちより絶対長生きしてくれと言い聞かせている。

 墓参りの帰りに、宇都宮大学の大学院に留学している中国の留学生と会い、一緒に食事をした。彼女は、東大の経済学部の大学院に合格した留学生と同級生で、彼女の方は宇都宮大の大学院に進んだのである。宇都宮大の近くにベルモアとかいう巨大なショッピングモールがあって、そこのレストランで食事。二年ぶりの邂逅である。帰りは、北関東自動車道から東北道に入り、一路川越に。二時間で着いた。疲れたが心地よい疲れ方であった。

      蛇もいる墓は動かず秋の風

人間はやっかいだ2007/10/09 00:15

 今日は体育の日らしいが月曜の講義日確保のため出校。わが職場は休みではない。昨日の疲れがだいぶ残っていて通勤の電車ではほとんど寝ている。この睡眠時間の確保は馬鹿にならないと思うのだが、いったいどれほど身体の休息になっているのだろう。

 授業の準備にと早めにいったのだが、いろろいと用事はある。体調を崩している学生が増えている。あれもこれもやらなきゃと頑張りすぎて、その結果不安になって体調を崩すらしい。時折相談に乗るが、休んだらと言うと授業を落とすのではないかと心配し、かといって、そのまま無理しないでマイペースで、といっても、そのマイペースが難しいから体調を崩したわけだ。思い切って休んだら、とも頑張れとも、マイペースでとも簡単には言えない。なかなか適切なアドバイスは難しい。私にはどうもカウンセリングは無理なようだ。でも、きっと、そのうち自分と上手く付き合っていく方法を見つけるに違いない。

 気分転換の大切さというものを教えてあげられたらいいのだが、私自身あまり気分転換が上手くはない。何か心配事があるとそれを引きずりながら生きてしまうタイプだ。体調をそれほど崩さないのは、身体そのものが鈍感に出来ているせいだろう。その意味で助かってはいるが、逆になかなかエンジンがかからないという短所もある。

 どんな辛いことでも三日経つとけっこう忘れてしまうものだ、と私は時々学生に話す。ところが、人間という者は、辛さを忘れたくないのだ。辛いことを忘れるのは身体の生理だし、精神の本能とも言える健全な働きだろう。が、一方で、辛さに執着して生きたいという精神もまた併せもつ。人間とはやっかいである。

 失恋に何時までもこだわるのは、失恋という辛さこそがその時の自分を満たす価値そのものであるからだ。その価値を失って新しい価値を捜すことは大変な作業だから、今ここにある価値に執着する。それもまた人間であることの本質だが、生物としての身体や精神はそのような生き方を許容するほどには歪んではいない。だから、拒否反応を起こす。その拒否反応は人間を病にする。私は病系の人間だが、幸運なことに、身体に逆らうほどに精神が強くないので、病が長続きしない。ある意味では寂しいことだが、そのことで何とか生きられていることは確かだ。

 今日の「自己開発トレーニング」は、先週の他己紹介があまり面白くなかったので、その人となりを知るための質問を考えようという課題を与えた。例えば「生まれ変わったら何になりたいですか」といったような、質問をたくさん作ってみようということである。ある意味では心理テストみたいな質問項目を作る作業でもある。グループに分けてみんなに作ってもらった。次回はこれをまとめてみんなに答えてもらう。けっこういろんな質問をみんな考えた。次回が楽しみである。

       身に入むや渺茫たる空言葉なき地

キャンパスマイレージ2007/10/10 00:54

 岩波『文学』の古代文学特集の座談会のゲラが送られてくる。ほとんど私の出る幕もなかった座談会だ。だが、読んでみると、それなりに登場していて、生意気にしゃべっている。さすがによく編集するものだ。というより、座談の雰囲気というものは、活字になると伝わりにくいということがよくわかる。

 アジア民族文化学会の発送が一段落し、いよいよ論文を書かなきゃならなん。計画としては、あと10日で50枚を書き、その後、20日かけて40枚を書く。その後、20枚の原稿と14枚の原稿を書いて今年が終わるというスケジュールである。

 書けるか?わからない。経験で言えば今まで何とかこなしてきた。今週末は学園祭だが、AO入試で忙しい。来週は休みが多いのでそこで何とか50枚書くしかない。年末まで睡眠時間は確実に減るだろう。こんなブログ書いている暇はなくなるかも知れない。

 私の職場では、インターネットツールによる学生と教員と学校との情報のやり取りがシステム化されている。ただ、この情報システムをまだ授業や学生の相談にと使いこなせていない。そこで、教務では、この情報システムを利用して、入学前の学習や、入学後の学生のきめ細かな指導、あるいは、授業にどのように活用できるか、実験的にプロジェクトを立ち上げたい、と提案してきた。つまり、わが文科でそれをやりたいというのである。

 そういう新しい試みは嫌いではないので、その提案を受けることにした。ただ、確実に教員の負担は増える。中には嫌がる先生もいるだろう。ただ、そういう新しい試みをしていかないと未来がないというのが、われわれの置かれた状況である。

 隙間読書で『最高学府はバカだらけ 全入時代の大学崖っぷち事情』(光文社新書)を読んだ、いかに現在の大学がバカ学生(この本では大学生はバカ学生と連呼されている)を生みだし、そして、その大学が今潰れそうで大変だということを述べている本である。新しい情報はあまりなかったが、バカ学生の事例は笑える。うちにはこんなのはいないと思いつつ。

 情報としては、生き残りをかけた大学の様々な取組の事例が面白いと言えば面白い。関西国際大のキャンパスマイレージにはうなった。成績やボランティア活動、サークル活動の成果にポイントを与え、ポイントがたまったら、食事券や海外旅行をプレゼントするという。ここまでやるか、という感じだが、その切実さはわからないではない。

 角切りて欲望も切りて自由なり

『女の民俗誌』を読む2007/10/11 00:23

 今、教養教育で「民俗学」の授業をやっている。テーマはシャーマニズム。といっても柳田国男の『妹の力』を論じていくものなのだが、その前段として、世界のシャーマニズムを映像で見せている。

 私のもとにはけっこうシャーマニズムの映像がある。自分で撮ったのもあるし、ビジュアルフォークロアからK氏がいただいたものを私がダビングしたというのもある。むろん、テレビで放映されたものもある。つまり、神懸かりの場面の映像をたくさん持っていて、そのつもりなら、これでもか、というようにいくらでも見せられるというわけだ。

 こういう映像を見せると必ずこれは演技だとか、絶対に信じないとか、オウムを思い出すので嫌だとか、ネガティブな反応が返ってくる。シャーマニズムは文化であって、その文化を学問として対象化するのだから、と説明してもなかなかわかってくれない。

 それはそれで仕方がないのだろう。ある意味では、神が現れるということをリアルに感じ取れるような映像を見せられたら、やはり驚くだろうから。まあそのうちこういう文化を人間は何故生み出さざるを得なかったのか、というように考えてくれればよい。

 宮本常一『女の民俗誌』(岩波現代文庫)を読了。これは隙間読書ではない。宮本常一はとても文章が上手いと感心。生活というものはこういう文体で描くものなのだ、ということを教えてくれる。柳田国男もそうだが、民俗学者は文章が上手い。これは再現する力の技ではないかと思う。

 メモを取りながら聞き書きをして、それを資料に、ある生活の記録を再現するのが民俗学者の仕事のようなものだ。再現の方法とは語ることである。つまり、物語るように対象を構成する。その再現の力を鍛えなければ、民俗学者にはなれない。だからこそ、語る力やそれを物語る力が鍛えられるというわけだ。

 それにしても、この本は私の母親のことを思い出させる。この本にも宮本常一の母親の話が出てくる。戦後、私の母親は、ほとんど女手一つで私たち兄弟を育て上げた。その苦労やたくましさはここで描かれている女達の物語そのものである。

 戦後の闇市での女達の行商の話が出てくる。私がまだ赤ん坊だった頃、母親は、お米をベストの中に詰め込み、それを着た上に私を負ぶって、宇都宮から東京までお米を売りに行ったという話をしたことがある。むろん、闇米である。私はほとんど覚えていない。

 ところで、富岡製糸工場の女工たちは、貧乏な家の娘だとばかり思っていたが、最初の女工はほとんど武士の娘であったということだ。山口県から30人の女工が来ている。大阪まで軍艦に乗ってきたということだ。その中には井上馨の娘もいたということである。つまり、製糸工場は新しい世の中の象徴だったから大家のお嬢様たちがまずは女工になったらしい。その女工たちは、各地に散らばり製糸技術を伝えていったということだ。こういうことでも知ると面白い。

        藁砧取り置きしまま老いてゆく

知人のこと2007/10/12 23:49

 先週今週と毎日出校。先週の日曜学校に行かなかっただけだ。今週の土日は学園祭とオープンキャンパスで、AO入試の面談予定。仕事はびっしり入っている。来週は、学園祭の後片づけや、創立記念日で、木曜まで授業がないので息が抜ける。

 石田衣良『4TEEN』を行き帰りの電車で読む。後期の推薦図書に今流行の作家の小説はどうかと読んでみた。一応直木賞受賞作ということだが、小説としては面白くはなかった。ただ、現代の病理がくまなくちりばめられていて、うまいなあと感心はした。中学二年のグループの物語だが、一人一人一話完結形式の物語である。それぞれの話には、病気、拒食症、援助交際、同性愛、家庭内暴力、性への関心等、現代の病が仕組まれていて、こういう病の中で少年達はなんとか逞しく生きていくのだ、というのが読ませどころということになろうか。現代の病理をショーウインドウに並べるように描くことに力点が置かれすぎていて、少年達の描き方が物足りない。文体も、ちょっと、軽いのりで書こうとしすぎだ。だいたい石田衣良のセンスはほぼ理解できた。推薦図書にするかどうかはわからない。 

 ちなみに今日の改札口のトラブルには私は巻き込まれなかった。ただ、帰りに東武東上線が人身事故でストップ、またかよ~だが、丁度有楽町線に乗り換えられたので、何とか川越に着いた。

 朝日の夕刊を読んでいたら、小阪修平の写真が大きく出ていたので何だろうと読んだら、そこは逝去した有名人の欄ではないか。ええーっ、彼は死んだのか、と驚いた。知らなかった。8月10日に心臓が原因で亡くなるとある。 

 小阪修平は、某予備校の論文科でずっと一緒に仕事をしていた。その論文科を立ち上げたときからの知りあいで、私が予備校を辞めてからは、彼が何冊かの本を出しているのを見てけっこう頑張って書いているんだなあ、と思っていたが、亡くなるとは。六十歳とあるから、私より二つ上ということになる。東大全共闘が三島由紀夫を呼んで討論したときに、三島とやり合った学生の一人が小阪修平だ。その後、評論家や哲学者として活躍していた。

 あまり顔色の良い方でなかったことは覚えている。たぶん私などより数倍も本を読んでいたはずだ。そのことが原因の一つだったのかも知れない。ご冥福を祈ります。

         そぞろ寒ああ彼はもう語らずや

三浦しをんを読む2007/10/13 23:16

 今日は学園祭とオープンキャンパス。それに、AO入試の面接と朝から忙しい一日であった。明日も同じだ。論文を書き出さなくてはいけないのだが、帰るとさすがに疲れ果てて、頭が論文モードにならない。

 行きの電車の中で三浦しをん『秘密の花園』を読了。三浦しをんは、三浦佑之さんのお嬢さんで、最初のデビュー小説『格闘家に○』は送っていただいて読んだが、その後は読んでなかった。それにしても、デビューからこんなにたくさん本を出して、売れっ子作家になるとは思わなかった。

  まず文章が抜群にうまくなった。最初はエッセーの乗りで書いていたが、『秘密の花園』は小説の文体になっている。作家としての才能を感じるのは、何よりも生理的とも言えるような女の子の心の痛みが描かれているところだろう。この小説は、女子高生三人の、病的とも言える不安や苛立ちを描いているが、こういう暗さを、言葉でくっきりと浮かび出そうとする意欲に溢れていて、なかなか読ませる小説であった。

 こういう痛みは作家の心の描写でもあるはずで、そうか三浦さんのお嬢さんは、こんなネガティブな人間(自分)の内面をえぐり出すほどの小説家になってしまったのだな、と変に感心してしまった。

 ただ、これを推薦図書にするかどうかは微妙なところだ。こういうのを読ませたら、どういう反応を示すだろうか。おそらくは、今の自分の心の訳のわからない部分を、心地よくない形で見せつけられている気分だろうとは思う。物語のリアリティに引き込まれる前に、ちょっとと引いてしまうかも知れない。こういうのもあっていいとは思うが、他にもっと良いのもあるかも知れない。もう少し三浦しをんを読んでみようと思う。

         鳥威逃げぬ雀を見習いぬ

続三浦しをんを読む2007/10/15 00:47

 三浦しをん『風が強く吹いている』を読了。分厚い本だ。500頁ある。それでも一日で読めた。ほぼ電車の中で読んだ。箱根駅伝が舞台のスポーツ小説といったところだが、設定がなかなか面白い。

 高校の陸上部をけんかで辞めた天才ランナーが、大学に入って掃きだめみたいなボロアパートに誘われて住み着く。そこに住む陸上の経験のないおかしな大学生たちとともに、箱根駅伝を目指すという話である。

 この長い小説を一気に読ませる三浦しをんのストーリーテラーとしての才能に感心した。ちょっといくら何でも無理なんじゃないのと思うような話を、そう感じさせずに最後まで持っていく力はたいしたものだ。もう三浦さんのお嬢さんなどとは失礼で言えない。三浦佑之氏の方が三浦しおんのお父さんと呼ばれるべきである。これは推薦図書に入れてもいいと思う。こういう長いのを学生には読ませたいのだ。

 今日はAO入試の面接である。今年の文科のAO入試はかなり盛況で、志願者は去年の倍はあるだろう。この調子で増えてくれるとありがたいのだが。AO入試は推薦枠とは違う扱いなのだが、実質は推薦のようなものである。全国の短大の傾向として推薦でなるべくたくさん取るという方向にある。私のところも例外ではない。そこで、問題になるのが、入学前教育である。

 どこ大学でもこの入学前教育に力を入れ始めている。一つは、推薦などで早く進路が決まってしまうと、あまり勉強しなくなると言われているので、その弊害を大学側が対策を立てるというものだ。もう一つは、リメディアル教育というもので、大学に入るための基礎教育を、大学の入学前に行うというものである。つまり、補習教育といってもいい。

 本来高校側でやるべきことだが、大学間の競争が激しいこの時代、大学側が行わないと、結局その代償は大学側が払わなくてならないのだ。これは大学の競争の激しいアメリカで導入されているもので、日本だけの問題ではない。個性化やゆとり教育は、学力の格差を生み出したが、これは教育を市場経済にゆだねた一つの帰結である。アメリカの抱えた問題が日本に起こったということである。

 個性重視やゆとり教育は、金持ちには恵まれた教育環境のもとで、余った時間に資金を投入してより高度な教育が受けられる。下層社会では、恵まれない教育環境で勉強への意欲を失い、余った時間を無駄に過ごすしかない。個性とは、恵まれた教育環境のもとで育まれると考えるべきだろう。この結果、大量の学力不足の学生が生まれるということになる。

 大学はこの学力不足の大量の学生を入学させなければ潰れてしまう。だから、入学前教育や補習教育が必要とされるようになったのである。アメリカは日本よりひどい格差社会であって、学力の格差もかなり激しい。日本の教育は確実にアメリカの後を追っている。それは、アメリカ型の市場経済を追っているからである。

 文科でも入学前教育を充実させようと企画をたてている。詳細はこれからだが、確かなことは教員の負担がまた増えるということだ。教員も楽ではない時代である。

         ただ熟しそして枯れゆく山葡萄