読み初めの本2007/01/03 16:27

 正月も三日目になると飽きてくる。ぼんやりと箱根駅伝を見ているような時間の過ごし方はいけないのではないかと思うこと自体がいけないのだが、昼頃から読みかけの斎藤君の本を最後まで読んだ。

 斎藤英喜著『読み替えられた日本神話』はなかなか面白かった。こんなことを言ったら斎藤君が怒るかも知れないが、斎藤君の書いたものの中で一番面白いのではないかと思う。全体としては、古代から現代までの『古事記』の享受史という展開だが、時代時代に日本の神話がどのように生み出されてきたか、より正確にはとのように読み替えられてきたか、ということであろうが、このように通史的に扱った本がいままで無かったので(たぶん)、勉強になったし、神話というものを考える意味で参考になった。

 この本の功績は、古事記がいくつかある神話の一つに過ぎないこと、近代以降の国民国家にとっての神話を、中世日本紀の「トンデモ本」的な自由なもしくは解釈の秩序を乗り越えていくような奔放さの前では、きわめて貧しい神話の読替に過ぎないこと、神話とは固定したものではなく常に読み替えられるものだと断定したことにあろう。最後に神話をグローバリズムの混沌とした現代社会において中世日本紀的なところから発想されなくてはならないと締めくくる。この結論については、異論はあるだろうなと思う。

 結局問題は神話って何なのだろうということに尽きるのかも知れない。斎藤君の中にはやはり神話は宗教だという捉え方が根強くあるという気がする。宗教の内部に入ってしまえば、宗教の自己言及的な言語運動によって、言説はたがを外され超越的な世界に向かってどんどん想像(妄想)をふくらませていく。身体内部の感覚や無意識の領域をメタファーで言語化し、その言語化されたイメージを論理の言説で体系化する。そうやって生まれる宗教的な言説は、宗教の外側から見れば、とても自由で可能性に満ちたものに見える。

 つまり、斎藤君は、そういうように神話を見ている、ということである。だから、宗教的な言説と神話とが一体化した中世を神話にとってのもっとも豊かな場所として位置づけるのである。

 それはそれでいいのだと思う。が、神話というものは、それだけで語られるものでないことは当然だ。現代のこのグローバリズムの時代の中で、神話とは何なのか。仮に生まれるとするなら、それはどういうものなのか。それを中世日本紀的神話に可能性がある、と言われてもどうもピンとこない。

 この本が描いたのは、ある意味では、世界を普遍的に理解したいと思う知識人たち(政治家・宗教家も含む)にとっての神話解釈の歴史である。つまり、そういう層を前提にすれば、最初から神話が何故必要とされるかを論じる必要はない。神話そのものは、世界を把握し超越的な世界に行きたいものにとって、何故それが必要なのか疑う必要のないもの、とされているということだ。

 神話を現代の問題として語るのならば、まずそこを疑うところから始めるべきではないかという気がする。神話もまた社会的な言説であり、それを必要とするもの、同時に必要としないものによって支えられた言説であろう。神話は物語だが、物語は神話ではない。その区別も現代の神話の流行を論じるには必要だ。神話というターム自体が、物語に飽き足らなくなった現代人の欲望の所産であるということも言える。要するに、神話を現代の問題として語れば語るほど、神話という概念は拡散し、神話とは何かという問いが何度も要求されるということだ。

 斎藤君は中世日本紀の豊かな神話が近代になって貧しい神話になっしまったという。が、神話の豊かさや貧しさとは何なのだろう。神話を必要としないものにとって神話は貧しい方が豊かではないのか。神話とは何かという問いが検討されずに、神話の存在がアプリオリに前提となったまま、神話の貧しさや豊かさを語ることは危ういのではないか。

 というようにそれなりにいちゃもんをつけられないわけではないが、それは、いままでに斎藤君に対して言ってきたことの繰り返しであって、その意味では、斎藤君は一貫して我が道を行っているわけである。その成果がこの本なわけでそれは間違いではなかったということである。ここまで自分の方法を貫けるのはたいしたものだと思う。 

      読み初めのまっすぐな本に気圧される

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